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白妙の菊、星辰の鷲  作者: 北斗巴
第1章 春、帝都にて
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第1章(4)薔薇のレリーフ

オスカルは、いつも思う

〜若様の何と不器用なことか〜


ライネ共和国使節団、帝都滞在5日目の夜。

皇帝の遠縁にあたるベルダス侯爵邸で開催された夜会。

若い令嬢たちが数人でアルダンを取り巻いていたが、嘲笑にも似た歓声を残し、いつも顔を合わせているであろう帝国の貴公子たちの輪に吸い込まれていく。

それをさして気にも留めないアルダン。

ユリアヌス家門の跡取り息子として、政治学から社交術、武芸から文学まで、多くを学んでいるアルダンだが何事もそつなく、とはいかないようだ。

特に、各国支配階級共通の嗜みである舞踏は苦手で、15歳の誕生日以降、共和国の社交界にお披露目されてから、夜会の類ではいつも大皿を片手に隅の腰掛けで時をやり過ごしているのが常だ。

父の顔を立てるために出席しているが、主な目的は腹を満たすこと。

その場に馴染まぬ立ち振舞が、「風変わりの、気取った鶏冠頭」と陰口する同輩貴族層や令嬢方の間で嘲笑の種となっていた。

随員として入り口付近に控えるオスカルは、どこでも同じに振る舞うアルダンを微笑ましくも思う。


翌昼、オスカルを伴って何度目かの帝都見物に出掛けたアルダン。癖っ毛の強い栗色の髪は今日もぴょんっと逆立っている。


「若様、あまり遠出はなさらないでください。そろそろ戻らねば、ユリアヌス卿にお叱りを受けます」

毎日、形式的に同じセリフを言っている自覚がある。


アルダンは、オスカルの言葉に軽く手を振ると、露店がひしめく一角へと足を進めた。

「平気さ。父上も、この街の空気をよく知るべきだとお考えだよ」

若様の返事も変わらない。


護衛の任務とはいえ、オスカルは内心、この市街散策を楽しみにしていた。彼にはハウゼンで帰りを待つ家族、妻と三歳になる娘がいた。

今回は大陸の南端から北端までの往復路。海路を含めて2カ月以上の旅路である。アルダンの趣味に付き合う散策は、家族へのお土産を見定める良い機会であった。


「若様、少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか」

「なんだ、愛する家族へのお土産か?」


アルダンのからかいに、オスカルは照れくさそうに頭を掻いた。

「はははっ、さすがは若様。お見通しで」

「いいだろう。この旅では特に世話になっていることだし」

アルダンはそう言うと、オスカルを先導させて、自分は彼の後ろに立って進んだ。


オスカルが向かったのは、職人街の一角にある木工品店だった。2日前から気になっていた店先には、動物を象った木彫りの人形が並んでいる。オスカルは、娘が喜びそうだと、兎の人形を手に取った。


「愛らしいな、無骨そうなお前が掌に載せると......」

「何を仰りたいのですか?」

「笑える」

「......若様」


「主人、小さな女の子には何が良いかな」

店主は、オスカルの言葉に頷いた。

「お手にありますものか、または猫なども好まれますが。私の娘が小さな時は、兎ばかりをねだられました」

嬉しそうに話す店主。


オスカルは、なぜこの店が気になっていたかを理解した。木彫り人形たちを手に取る人々への、店主の温かい愛情を感じたからだ。


「私の用事は済みました。若様、他もご覧になりますか?」

「いや、俺はいい。それよりご主人。俺には、そこに掛けてある木彫りのレリーフを一つ」

アルダンは薔薇の意匠のレリーフを指差した。


アルダンの言葉に、オスカルは驚いた。

「若様、想い人でも?」

「ばか言え。これは母上への土産だ。たまには気の利いたものを贈らねば、勘当されてしまうだろう」

アルダンが冗談めかして言うと、オスカルは笑った。


宮殿への帰途の道端で、アルダンは一人の老婆に声を掛けられた。

老婆は、日差しに疲れたような顔で言った。

「お兄さん、これを。安くするよ」


小さな皺だらけの手で差し出されたのは、甘酸っぱい香りのするリンゴが五つ。アルダンは不思議に思いながら、タラー銀貨を取り出した。

「これで足りますか?」


老婆は、銀貨を手に取ると目を丸くした。

「あんた、今帝都に来てるっていう、ライネのお貴族様かい?」


アルダンは、老婆が異国の貨幣を一目で識別したことに関心を持った。

「なぜライネの通貨とわかったのですか?」


老婆は、笑みを浮かべた。

「この街では、東方の果ての銅貨だって、見慣れたもんなんだよ」


アルダンは、この街が大陸全土と繋がる交易の集積点であることを肌で感じ取った。


「お婆さん、なぜこんなに安くするの?旨そうなリンゴなのに」

老婆は無理に笑みを作って、さも気前が良いかのように答えた。

「いやいや、大したことじゃないよ。たまたま、少しだけ傷がついてるからね。それに今日は早く店を終えて、家に帰りたいんだよ」

アルダンは軽く礼を言って、その場を離れた。

だかその直後、老婆の表情に安堵と不安の入り混じったのを見逃さなかった。


「若様、あの老婆は……」

オスカルの静かな呼びかけに、アルダンは振り返らなかった。

「この国も、喜びより大きな苦を背負う人は多いのかな」


彼は直感的に察していた。この都市を潤す交易の恩恵は、全てが民衆に届くわけではない。帝国の威容を保つための重税が、人々の暮らしを静かに蝕んでいるのだろう、と。


門番に軽く挨拶をして宮殿敷地内に戻ると、アルダンは2つ持っていた包のうち、リンゴではない方の薄ベラな包みをオスカルへ渡した。


オスカルは驚き尋ねた。

「これは、お母上への」

「それは父上の領分だ。母上は俺にそんなこと期待していないよ」

「それではなぜ」


困惑するオスカルの肩をポンと叩いて先に歩き出したアルダンが照れくさそう伝える。

「お前には世話になりっぱなしだ、と言っただろ。それに、奥方は薔薇の花がお好きなんだろう」

「......何と、若様......」


ライネ共和国使節団、帝都滞在は残り2日。

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