(1)民会
10月下旬、大陸南西端の地にも肌を刺す北風が吹く季節。
ハウゼンの港から帝都を目指す商船団の第一陣が出港の時を迎えていた。
グライン王国から提供された大型帆船一隻、ライネ共和国自前の中型帆船が四隻。これから十日をかけてノイエンキルヘンに向かう。
アルダンは父を見送るため港に来ていた。ユリアヌス卿は既に船上にあり、同行する商務卿や外務事務官らと話し込んでいる。
「兄上」
妹のアイリスはアルダンの手を握りながら声をかける。
「どうした、アイリス」
アルダンは膝をついて妹の頭を撫でる。
「お父様は今回も長くなるの?」
アイリスがふくれるのもよく分かる。
ユリアヌス卿は最初の旅から帰還した後も、グライン王国を経由してセルシア王都カナンを往復すること三度。カナンの港湾拡張事業の進捗確認と、グライン王国との通商条約締結の為に長旅を繰り返していた。
その継続的な努力が実りグライン王国とは既に条約締結に漕ぎ着けていた。工業力に優れるグライン王国からは頑丈な大型帆船二隻を譲り受け、加えて港湾都市サンドナの恒久使用権を引き出した。
ライネ共和国は自国の輸出品に加え、グライン王国の物資を商船に混載する業務を請け負う。グライン王国にとっても魅力的な内容で、帝都まで従来の陸路20日の距離を6〜7日で移動可能となる。
補給港の役目を担うヴェリア属州アークライトやセルシア王国カナンを含めた大陸西岸の港と帝都を結ぶ商用航路の開通は、大陸の物流と人の流れを格段に加速させる。
「父上は20日くらい、雪が降る前には帰って来られる。その先は、ずっとうちに居るはずだよ」
アルダンは妹を抱えて大型帆船を見上げる。そして兄妹は大きく手を振り船上の父はそれに応える。やがて船団は出港し四半刻の後に霞の彼方へ姿を消した。
「さ、俺も行こうかな。オスカル、妹を連れて先に帰っていてくれ」
「アルダン様、また市街地へ?」
オスカルはいつものこと、と形式的に尋ねたがアルダンの返答はいつもと異なる。
「区画民会さ」
ライネは共和政体を謳って150年。
圧政を敷いていたサムス王を内戦の末に追放。功績のあった軍人や有力富裕層が合議制で国を導く共和政新都市国家として成立した。
その後は創造力豊かなライネ民族の特性から、質量ともに飛躍的な発展を遂げたライネ。
また周辺地域の小国家や都市国家から帰属の申し出が相次ぐ時期も続き、これらの代表者や有力者も合議へ加わえる度量を示した結果、建国当初に15名で構成された合議会は10年後には50名に拡大。これが元老院と名を変え今に続く、ライネ共和国最高意思決定機関のあらましである。
それに対してアルダンが興味を示す区画民会とは。
「俺も17になったんだから、参加資格はあるだろ」
アルダンは止めようとするオスカルを軽くあしらう。
「区画民会の参加資格は17歳以上のライネ市民権を持つ者、但し元老院議員を除く。該当するだろ」
「そもそも、民会に参加する元老院議員の跡取りなど聞いたことがありません!」
珍しくオスカルが声を荒げた。アイリスは少し驚いている。
「条件付きで父上の許可はとってある」
「どんな条件ですか!」
オスカルはまだ止めようとする。
「発言しない、投票しない、最後列の隅っこで演説を聞いているだけ」
アルダンは渋々といった表情だが、ユリアヌス卿の提示した条件は正しい。
オスカルが言うほど、元老院議員の子弟が全く民会に参加しない、というわけではない。次男や三男など家門の継承権のない者は、活躍の場を民会に求める例もある。しかしオスカルの言うように、将来の元老院議員が十代とはいえ民会に参加する例は皆無だ。
しかもユリアヌス家は、リヒト家や他の名家と並ぶ共和政樹立時の十五家門の一つだ。
「民会には、民部省事務官が必ず立ち会います。その中には名家の子弟も多くいます。彼らの目にとまれば、アルダン様の将来に悪しき影響があります。そこをお考え下さい」
オスカルはやや落ち着きを取り戻しながらも、口調は強いままだ。
「被りを深くして、誰も気が付かないように紛れるから。大丈夫だよ」
そう言うとアルダンは、手を軽く降り去っていった。
「お兄様、危ないことをするの?」
アイリスも心配そうにオスカルにたずねる。
「いや、そうではないのですが」
オスカルは十歳になったばかりのアイリスへの説明に苦慮していた。
アルダンが民会へ参加を望むには彼なりの理由がある。民会からの提言が元老院にて半数以上は否決されると知ったからだ。その背景を彼なりに探求したいのだろう。
周囲の心配をよそに、アルダンはより深く市民階級の世界に入り込んでいく。
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