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(20)朝光通街

翌日、この日もアルダンとルキウスは当主の名代として、第六区画ロトンディ広場の祭にその身を置いている。


「なんだ、あれは?」

ルキウスが見る先は焚き火。その上を男たちが次々に飛び越えては喜んでいる。


「知らないのか。ああやって自身の身体を火に晒すことで、体内の邪気や悪霊を浄化出来るらしいよ」

アルダンは簡単に説明した。

「初耳だ、というか何故だ?」

ルキウスは不思議そうに見ている。


「去年の太陽祭。第二区画の方で不運続きだったある男がいてね。捨鉢になったその男は何を思ったのか焚き火の上を何度も飛び越え続けていたと」

アルダンは淡々と話す。

「気でもふれたのか、その男」

ルキウスが問う。


「当然そこに居合わせた人達も、そう思ったらしい。だけどね太陽祭の後から、その男には急に運が向いてきた。親の病が完治し、潰れかけの自分の店は持ち直し、遂には妻を娶ったと」

アルダンは自分で見てきたかのように話す。

「デマじゃないのか?」

ルキウスは半信半疑といった風だ。


「ウルスさんの知人の話だ。俺も会ったことがある。いま奥さんは身籠っているそうだよ」

アルダンはニコリと笑う。

「おいおい」

呆れるルキウス。

「その話は年頃を過ぎた独身男の間に広がり、ああして幾人も真似をしているんだよ。風習とか新たな文化の始まりって、意外と小さな切っ掛けだよね」


『こいつ......また』


年少のアルダンに対して、ルキウスは都度に感心する。

元老院階級の誰もが知らず、気にも留めない民衆の間の出来事や話題など。アルダンはこれらの情報を彼なりに分析して、後の政務に活かそうと志している。

それを知っているからこそ、アルダンの貴族社会での立ち回りの不味さを気に掛けているのだ。


「なあアルダン、もう少しだけ"お仲間"たちと打ち解ける努力をしような。俺も間に入るからさ」

ルキウスは先日の忠告よりも一歩踏み込んで言った。彼の眼差しに意図を察したアルダンは、珍しくすぐに頷いた。

「家を継いだときには敵だらけ、と言いたいんだろ。わかったよ」


「真面目にやってりゃ良いってほど、大人の世界は甘くなかったわ」

「ありがとう、ルキウス兄」


太陽祭は最終日。

普段はハウゼンの郊外に居住し、街中に来る機会のない者たちも大勢やってくる。

牧畜を集団で営む者たち、官営農場の働き手やその家族など。

その中に周囲と比べて身なりの粗末な子供たちの一団がいる。15名くらいか。先導するのは初老の男性で、厳しさと優しさを兼ね備えている佇まい。皆をまとめている若い女性は、闊達な声で生意気盛りの子供達を率いている。叱られた黒髪の少年は口を尖らせているのがわかる。


「孤児院の子たちだな。よくここまで歩いてきたものだ」

ルキウスが感心する。

ハウゼンの郊外、大人の足でも第六区画から一刻かかる距離を子供達は徒歩で来たらしい。

「力なき子供を国が保護する。この国の優れたところの一つだよ。帝国や中央諸国では、路頭に迷う子供たちは良くて誰かの使用人。悪ければ餓死さ。そこまで手を差し伸べるのは、他ではセルシアくらいだよ」

アルダンが呟き気味に話していると、孤児院の女性が大声で叫ぶ。

口を尖らせていた黒髪の少年をはじめ、何名かがが焚き火を飛び越えようとして叱られたようだ。


「ルキウス兄」

「行こうか」

二人は示し合わせて焚き火に近づいて行った。


年長のルキウスが初老の男性に断りを入れてから子供らに声を掛ける。

「君たちにはちょっと危ない挑戦だな。どうしてもと言うなら、こんなのはどうだい?」


ルキウスが目配せする前から彼のすこし後ろでは、アルダンが焚き火用の棒切れに自らの衣服を千切って小さく巻き付けている。即席の松明だ。

アルダンは手際よく3本作り、焚き火から松明に火を着ける。

「小さな火なら、この子達でも飛び越えられますよ。それに小さくても『神様』からもらった火種だ」

ルキウスが笑顔を見せると子供たちは目を輝かせる。

付き添い風の、といっても17歳くらいの女性は、アルダンの破れた袖に目を遣ると恐縮しきっている。

アルダンは1本の松明をルキウスに、もう1本を初老の男性に持たせた。三人は等間隔に膝を付き、松明を地面につく位まで低く持ち、孤児院の子供たちに好きなだけ何度も飛び越えさせていた。煙に咳き込む子も、それすら楽しんでいる。

それを見ていた周囲の子供達もいつの間にか加わり、大人たちも面白がり、賑わいは夕方過ぎまで続いた。


『新たな風習や文化は、小さな切っ掛けから生まれる、か』

知り合いの市民と立ち話しながら笑うアルダンを見ながら、ルキウスは思う。

『感心ばかりしていられない』


太陽祭は三日目の日没とともに焚き火を消すことで終わりを迎える。

予定の時刻を過ぎて楽しんでいた孤児院の子供達のために、アルダンとルキウスは広場近くの安宿を提供した。


翌早朝に宿を訪問した二人は、前夜の思い出にと1枚のデッサンを贈った。そこには太陽祭を心から楽しむ孤児院の皆が描かれている。

子供達は喜び、院長とその娘という二人は丁寧に頭を下げていた。


彼らを見送った帰り道、アルダンが兄貴分をからかう。

「ルキウス兄も、粋なことを。次は色を入れて孤児院に持っていくとか、まさかあの女性に気があるの?」

「君の姿に学んだだけだよ」


ルキウスは、ここ数日のアルダンの姿勢に心地よい刺激を受けていて、自身の心境に少なからず変化があることを認めていた。


「いつまでも、物分かりのいい俺だと思うなよ」

ルキウスが早足になる。

「いきなり何?きのうは力になると」

追いかけるアルダン。

「言ったかな、そんなこと」

駆け足になり、とぼけるルキウス。


家路を急ぐ二人は抜きつ抜かれつ、朝日差す大通りを駆け抜けていく。

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