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(17)家族

夕闇も終わりに近づくころ、

ライネ共和国首都ハウゼンのロヴァーナ広場。

帝国帰りの使節団はユリアヌス卿を円形に取り囲む。その様子を大勢の市民たちが間近で見守る。


ユリアヌス卿は市民たちの前で、改めて一行の労を労う。続いて使節団の解散宣言の後に、各自の自宅への帰還を命じた。

一人一人と丁寧に力強く握手を交わし、肩を叩いて送り出す。その態度は居合わせた市民たちに感銘を与え、また使節団の中には涙する者も少なからずいた。


「オスカル、君も本当に良く息子に尽くしてくれたな。私が公務に専念できたのは、君のおかげだよ」

ユリアヌス卿は、最後にオスカルと握手を交わす。

「旦那様。私はいつも通りに勤めただけです。それにアルダン様のおかげで、随分と各地の名所に詳しくなりました。家族への土産話が1ヶ月分はできました」

オスカルも充実した表情で答える。


「はははっ、そうか。我が愚息の放浪癖も、今回ばかりは人の役に立ったわけだ」

ユリアヌス卿は市民の輪に紛れていたアルダンを手招きしてから続ける。


「オスカル。土産話を語り尽くせる1ヶ月とはいかないが、明日より10日間ゆっくり家族と過ごせ。いいなアルダン」

「はい、父上」

アルダンも直ぐに納得する。


オスカルはかつて共和国第3軍団に所属。中隊長の地位にあったが、30を過ぎた辺りで退役。その後に第3軍団長であったリヒト卿の口利きでユリアヌス家の雇われに落ち着いていた。


「旦那様、アルダン様」

オスカルは恐縮する。

「10日なんて、あっという間だぞ」

アルダンとオスカルも堅く握手を交わし、彼は駆け足で家路に着いた。


ロヴァーナ広場を街灯がささやかに照らす。

周辺の幾つかの酒場から賑わいが聞こえてくる。

アルダンは軽く目を閉じて深呼吸をしてみる。

旅で出会った様々な光景が次々と記憶の奥から蘇る。

もう一度深呼吸をすると、今度はダリア・アルジナだけが瞼の内側に現れ続ける。

帝都の宮殿、バルコニーから自分だけを見つめていた琥珀色の瞳、庭園で触れた陶白の頬や薄い唇、祝賀会で見せた陶人形のような様。僅かな時間の出会いではあったが、この旅で最上の出会いであることは間違いない。


「ふうっ、どうしているかな」

アルダンは呟くが、思い出に浸りすぎていたようだ。

「そんなに惚れたのか?」

父の言葉もなかなかに意地が悪い。

「いや惚れたとか、どうとかではなく。ただ元気なのか気になります」

慌てつつも父には特に素直なアルダン。

「で、気になるのは何処の誰なんだ?」


〜言えるわけがない〜

内心で呟くアルダンだが、

ユリアヌス卿はさらりと明かした。

「ミレーネ王妃から聞いた時は流石に驚いたよ」


アルダンは蒼白となる。

「あっ、......あの人は・・・っ!」

わざとらしく仰々しいユリアヌス卿。

「私達の努力を灰燼に帰さないでくれよ。下手をすれば大陸大戦だ」

「ち、父上〜」

「ははははっ」

ユリアヌス卿はアルダンの肩を優しく抱えながら頭を撫でる。


「さあ、帰ろう」


既に月は頭上高くにあり、辺りは涼しくなっている。

ユリアヌス父子は、肩を並べて家路につく。


こうして旅は終わった。



2か月ぶりの自宅へと向かう道中、アルダンはハウゼンの街並みを観察する。

帝国の華美さはないが、夜になっても活発な商業活動は続き、街の隅々にまで活気が行き渡っている。

これはリヒト卿から聞いた「元老院の病」と対照をなしており、アルダンの心を再び揺り動かす。


自宅に到着すると母レオノラと9歳の妹アイリス、さらに数人の使用人達が揃って出迎える。

レオノラは夫の無事に安堵して抱きついて離れない。

一方で妹のアイリスは兄の腕にぶら下がり離れない。そして無邪気に旅の感想を尋ねる。


「息子の顔も見てやりなさい」

「アイリスが暫く離さないわよ。私はあとでもいいからね、アルダン」

母は軽く息子に声を掛けると、寝室の方向へユリアヌス卿を引っ張っていった。

「おいおい、帰ったばかりだぞ」 

「はいはい」


使用人や子供たちの前でも、何とも仲の良い両親か。アルダンは妙な感心する。


「兄上!」

腕の下を見るとアイリスが怒っているようだ。

「ごめん。さ、何を話そうか」

アルダンはご機嫌取りの顔をしたが、妹はまだ不機嫌だ。兄には理由が分からない。


「どうしたんだ、アイリス」

困惑するアルダン。


「兄上、臭い」

〜それはそうだ、3日は湯を浴びていない〜

しかし妹に言い訳は通用しない。


くすくすと笑いながら、使用人の一人が言う。

「若様、すぐに湯浴びができますよ」

アイリスは機嫌を直したようで、

「兄上、早く戻ってきてね」

と、愛想を振りまく。


湯浴みをしながらアルダンは妙なことを考えていた。

『父上だって臭うはずだ。母上は気にならないのかな。わからない』


ユリアヌス家の夜は更けゆく。



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