(16)憧憬
使節団はヴェリア属州アークライトを後にして、いよいよライネ共和国の首都ハウゼンへと向かう。あと2日の距離だ。
道中アルダンはリヒト卿の言葉を繰り返し反芻していた。
「元老院の中にだって、帝国貴族とよく似た病を患う者が居るんだよ」
この言葉が彼の心を重く圧し続けていた。
これまでの自分は、共和国の表面に己の理想を投影していたに過ぎないのか。
葛藤を繰り返す息子に対して、ユリアヌス卿は特に言葉をかけなかった。
長旅の最終盤、一行はタラー属州の南西部を通過した。
この辺りは100年以上も昔にライネ共和国に侵略併合された「ビラ王国」のあった土地である。当時は牧畜と畑作を中心とする肥沃で豊かな土地だったようだ。
建国50年を迎えていたライネ共和国は人口の急増に食糧調達が追い付かず、周辺国との交易によって食糧危機の回避を試みたが、高圧的な姿勢が各国の反発を招き失敗。
追い詰められた当時の『執政』が、元老院に計らず独断でビラ王国への侵攻を命令。
唯一交渉の余地を残していたビラ王国の配慮と礼節を裏切る愚挙によってこれを併合。
ライネ共和国として初の属州とした。
タラー属州の海岸線は岩場が続き、漁業や交易には適さない。
かつて肥沃の大地を潤した河川の水量は年々減少続きで、離農や移住をする住民も増加。
但し幸運にもこの地域では近年相次いで銀山や銅山が発見された。
その鉱山近くには大掛かりな貨幣鋳造所や官製の製銅所、加工場が設けられて新たな雇用を創出し、人口の流出を最小限に留めていた。
それでもどこか陰鬱な空気がタラー属州を包んでいる。住民の顔には過去の歴史が残した本国への複雑な感情が見え隠れしている。
ここ数日アルダンが気にして止まない「共和政の歪み」を、真っ向から突きつけているようだった。
僅か2日で通過する程ささやかな規模の属州であるが、使節団の一行は葬列のように息を潜めて足早に本国を目指した。
翌日。
「アルダン様、いよいよです」
アークライト到着の少し前あたりから、オスカルは「若様」と呼ぶことを止めていた。
アルダンの纏う雰囲気が、急に大人びたものへ変化していたからだ。
各地での見聞と経験。幾人かとの実りある出会い。父と師の踏み込み難い空気感や、師からの最後の『授業』。
2ヶ月前にハウゼンを出発した時とは、顔つきも馬上の姿勢も違う。常に側にいたオスカルにさえ、そう実感させる。
優しさと探究心旺盛な長所はそのままに、一回り成長した印象であった。
「ユリアヌス家の皆様は、さぞ驚かれるでしょうな」
護衛役の呟きにアルダンが小さく反応した。
「何の話だ」
「いえ、お気になさらず」
「少し変だぞ、オスカル」
そう言われてオスカルは笑顔で返した。
「変なやつだ」
アルダンは首を傾げている。
その姿も凛々しく思うオスカル。
「もうすぐか。母上はお元気かな?」
アルダンの声が弾む。
「私もようやく妻と娘に会えます」
オスカルの声も明るい。
使節団の誰もが我が家へと思いを馳せる。
夕暮れが近付き、東の地平線から月が顔を出していた。
既にハウゼンの街影が見えている。
ユリアヌス卿は使節団を止め、馬車から乗馬に乗り換えた。そして皆にこれまでの感謝を告げたあと更に続けた。
「我らが祖国の新たな挑戦は既に始まった。
その扉を開いたのは、貴官ら一人一人である。
さあみんな、晴れやかに帰還しよう」
「おおっ!」
正式な使節団員ではないアルダンとオスカルは、やや離れた場所から皆の様子を見守っていた。
アルダンは思う。
旅の中で自身が何度も実感し、リヒト卿も認める父の『人望』。
政務全般に通じ『雄弁家』として名高い父の最大の強み。
「うまく言えないけど、こういう部分なんだろうな」
鳥肌の収まらないアルダン。
配慮する騎兵隊ら皆を先に進ませて、オスカルは父の側に残した。
やがてハウゼンに到着。
アルダンは隊列の最後尾にいて、しかし晴れやかに堂々と大門を通過した。
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