(12)燦爛たる旅路
ノイエンキルヘン出発から3週間、ユリアヌス卿の使節団一行はライネ共和国の支配地域へ久々の帰還を果たそうとしていた。
グライン王国領との自然境界である大河、リベリ川の流れは穏やかで、2つの中州を中継点とする大掛かりな橋梁が両岸に跨る。
その両岸には、互いの通行所が設けられており、遥かライネ共和国側ヴェリア属州の対岸には共和国旗がはためき、200ほどの州兵が出迎えに来ているようだ。
この国境帯のおかしなところは、双方の通行所に必ず対岸側の役人や兵士が存在しているところだ。
「時間をかけて対岸まで渡り、そこでまた入国手続きなどしていたら、それこそ疲労の上塗りか。実に合理的な制度ですね」
アルダンは往路の時と、全く同じ言葉を話す。
「この20年ほど、グライン王国との関係は歴史上最も安定している。その賜物だな」
ユリアヌス卿は馬車から乗馬に移り、アルダンと2人で先頭に並ぶ。
3つ目の橋を渡り終え、ようやく共和国側に辿り着いた一行を先頭で出迎えたのは、アネリア・リヒト。かつて共和国第3軍団長を務めた経歴をもつ元老院議員であり、ユリアヌス卿と同じく共和国成立時からの名門貴族出身だ。そして、ユリアヌス卿と同じく実務に長けた政治家でもあり、長年の盟友とも言える存在だ。
「アネリアか、驚いたぞ」
ユリアヌス卿が叫ぶと、
「先生、お久し振りです」
と、アルダンが続いた。
ユリアヌス父子は、口々にリヒト卿へ声を掛ける。そして、アルダンは素直な疑問をぶつける。
「なぜわざわざ先生が、この地まで出迎えの任に?」
「君たちが一月前に渡河したあとすぐに、マインツ卿が倒れたられてね。その後釜ということさ」
リヒト卿によれば、高齢のマインツ卿は病を拗らせ引退。急遽、リヒト卿が後任のヴェリア属州総督として派遣されたとのこと。
「あのご老人、そんなにお悪かったのか?」
ユリアヌス卿は意外そうに尋ねた。
「葡萄酒の飲み過ぎが原因らしい」
リヒト卿が両手を広げながら首を振る。
「これで何人目か」
「ここ20年だけでも四人目だな」
「そうだったな」
ヴェリア属州。
もとはヴェリア自由都市連合と称する連邦国家であった。50年ほど前、国を挙げた工業奨励策にて国力と国軍を急増させたグライン王国を脅威とみなし、当時の各自由都市の代表者達の総意にて勢力伸長中であった南の大国への帰属を選んだ。その選択の正しさは、今も独自の産業や商業文化を守り続けている事実が示す。
「実に商魂逞しいヴェリア民族、一世一代の取引だったろうさ」
アルダンはリヒト卿がかつて話していたことを思い出す。
リヒト卿は、よくユリアヌス卿と酒を交わす。二人の会話は当代きっての実務家同士の看板に違わず、識学や洒脱に富んで少年の感性や思考に深い影響を与えていた。
温暖な海洋性気候で天然の良港の
連なる海岸線と、緩やかな丘陵地帯が広がる。
属州総督府が置かれる港湾都市アークライトが統治の中心。複数の自由都市国家が連合していた名残か、特徴的な港や市場を抱える豊かな属州だ。
働き盛りの2人が揃うと、いつも通り軽口の応酬も交えて、
「この地の赤葡萄酒は共和国随一、か。お前は無駄に過去の歴史に倣うなよ」
「私は大丈夫だよ」
「皆、初めはそう言うんだ」
「そこまで心配するなら、本国から選りすぐりの医師団を派遣してくれ」
話は止まらない。
「あのっ」
アルダンが2人に割って入る。
「先生とは、アークライトまでずっと一緒なんですね?」
「そういうことだね。君が見てきた諸国の話、楽しみにしていたよ」
「はっ、はい!是非!」
若きアルダンの燦爛たる旅は、もう少しだけ続いてゆく。
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