(11)鉄と熱の隆盛
アルダンらは、セルシア王家での温かい歓待と新たな出会いで、長旅の疲れを癒すことが出来た。
カナンを出立した使節団は、南へと旅を続けた。
アルダンの脳裏には、陽光の国の皆々の穏やかで闊達な笑顔が焼き付いている。
しかし翌々日の旅路を終える頃には、その光景は遠い記憶となり、代わりに、乾いた空気の中に混じる、鉱物と燃料の匂いが鼻をかすめた。
帝都を離れて久しいが、ここはまた違った意味で人の手によって徹底的に作り上げられた王国だった。
旅路は舗装され、頑丈な石造りの道が延々と続いている。その両脇には広大な牧草地が広がり、羊や牛がのんびりと草を食んでいた。
だが地平線の遠くには細く長く立ち昇る無数の煙突の煙が見え隠れし、乾いた空気は、微かな埃を帯びていた。
グライン王国に入って3日後、使節団は王都フォルジエに到着した。王都の門をくぐる前から、空気を揺らすような規則的な振動と、金属を叩くけたたましい音が聞こえてくる。
「オスカル、グライン王国は『鉱山と熱の国』だったな」
アルダンは、轟音の中でも聞き取りやすいように、やや声を張り上げて言った。
オスカルは頷くだけで、緊張している様を感じさせる。
町並みは、帝都の華美さやセルシアの色彩豊かな美しさとは一線を画していた。
重厚なレンガ造りの建物が軒を連ね、通りを行き交う人々の中には丈夫そうな厚手の作業着を身につけている男たちが多数見られる。
鍛冶工房からは火花が飛び散り、巨大な歯車が軋む音が響く。石畳の街路の真ん中には鉄製の軌道が2本敷かれ、その軌道を人や荷物を載せた2頭曳きの馬車が行き交う。
帝都への往路でも感じたことだが、アルダンはその光景に目を奪われ続けた。まさに「人が作あげた世界」だ。自然の恵みの上に成り立つ農耕文化や、地形を活かした帝都の様とも異なり、人間の技術と労働力によって築き上げられた、力強い産業の息吹がそこにはあった。
グライン王国の王都フォルジエには、王城近くにライネ共和国の大使館があり、使節団はそこで一夜を過ごす。
その夜、アルダンは大使館職員からグライン王国の成り立ちを教わっていた。
「この国の山地には、質の良い鉄鉱石と石炭が豊富に眠っています。数十年前に大規模な鉱脈が発見され、それを機に国を挙げて工業化を進めました」
グライン王国は、豊富な資源と勤勉な国民性によって、大陸有数の鉄鋼生産国となり、その技術力は兵器製造にも応用されているという。
その証拠に使節団が通ってきた道中、幾つかのの訓練場も目にした。
アルダンは「勤勉さによる生産力」という、これまでの国々とはまた別の形の強さを知る。
帝国とライネ共和国に南北から挟まれる地理上の不利は、大陸中央諸国の何れもが背負うもの。そこを克服するため、各国はその土地柄や強みを活かし、巧みに世のうねりを渡り歩く。
夜、アルダンはオスカルを伴い、王都の工房街を見下ろせる高台へと足を運んだ。暗闇の中に、無数の溶鉱炉の炎が赤々と燃え盛り、まるで巨大な生き物が息をしているようで、その、吹は夜空にまで響き渡っていた。
「若様、どう思われますか?この国の力は」
オスカルが問うた。
アルダンは、街の灯々を見つめながら、静かに答えた。
「この国は、自らの手で未来を築いている。民衆の勤勉さと、技術への探求心。これもまた共和国が身に付けるべき『力』の形の一つかもしれない」
グライン王国の生産と創造の醸す魅力は、帝国の「威容」とも、セルシアの「陽光」とも異なる。アルダンは帝都からの帰路、ライネ共和国の目指すべき理想の国家像に、幾つかの新たな視点と可能性を見出していた。
一方、父ユリアヌス卿は滞在中の3日の間に、ライネ共和国とグライン王国にも何らかの協定なり条約を締結できないか模索するため、当地の外務卿や内務卿と数度にわたり会合を持っていた。
理想に魂を滾らせる息子と、淡々と石を積み上げる父。
この3日後、使節団一行はライネ共和国北端の属州へと南下する。




