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(10)双子の願い

ハウゼンとノイエンキルヘンは陸路で約30日の距離。海路が開かれると季節によっては10日以内で到達出来るようになる。

共和国側が数年前から帝国に提案し、1年以上をかけて準備を進めた通商条約。帝国側にも益することが多いとはいえ、草案段階から核たる役目を担ったユリアヌス卿の功績は巨大だ。

ハウゼンに帰還すれば、次は元老院から「執政」の声が掛かるのでは、と道中何度も随員達は噂していた。


「父上、俺は嬉しくて堪りません」

セルシア王家の食卓には、大皿に豪快に盛られた料理が並べられていた。

座席はなく国王夫妻や同席するセルシアの行政官らは、皆が同じ皿から思い思いに腹を満たしていく。

アルダンには、これまでで最も気楽に参加できる夜会の類だった。


「アルダン殿、良ければこの子たちと少しお話ししてくださらぬか?」

王妃が紹介したのは、双子の姉弟というとターニア王女とリーリエ王子だった。

双子もまた、アルダンの好奇心を引きつけた。彼らの瞳はまだ11歳とはいえ、王族という立場にありながら、何処までも澄んだ輝きを放っていた。数日前まで間近に見てきた帝国貴族の子弟や令嬢方とは明らかに異なる。


「アルダン殿、あなたは帝都でお父様のお手伝いをされたと聞きました!」

リーリエが目を輝かせて言った。


「いや、誰がそのような大袈裟に。私はただ、気ままに帝都見物を楽しみ.......」

「帝都は物凄く広くて、大きな建物もたくさんあるし、居るだけで楽しくなるんだ」

とリーリエが続ける。


アルダンは、彼らの溌剌とする表情に癒しを得た。聞けば2人は王妃の里帰りには必ず同行するという。記憶にあるだけで優に10回は帝都を訪れているそうだ。

双子は代わる代わる帝都の成り立ちや名所について、知り得る知識を披露し合っている。

そして宮殿内の話になると、双子の顔が自然と寂しそうになる。


「アルダン殿はお会いになったのかしら?お姉様は、お元気そうでしたか?」

ターニア王女が、アルダンに尋ねる。

「お姉様は、いつでもとても静か。でも、僕たちがこの国の新しい歌を聴かせると、優しく頭を撫でてくれるんです」

リーリエ王子が続いた。


王妃がアルダンにそっと耳打ちする。

「私の姪のことを言っているのよ。虚勢を張って反り返る兄の側に、控えめに立つ若い女の子を、一度は見たのでしょう」


『いや、抱きしめてしまいました。そればかりか、......』

とは言えないアルダン。

飲み込みかけた果実を喉に詰まらせる。

冷や汗が吹き出しそうになり、慌てる素振りに王妃は笑った。

「ふふっ、隠し事でもあるのかしら?」


〜笑い方が似すぎているんだよ。余計に思い出してしまう〜

アルダンは水を飲み干し息を整え、双子の姉弟はその様を不思議そうに見ている。


「ダリアお姉様は、冷たいと言う人も多いけど、本当はとても優しくて、私たちに色々なお話を聞かせてくれます」

ターニア王女は自慢げに言う。


「でも、一緒に遊んでいても時々、悲しそうな顔をするんだ」

リーリエ王子が不安顔でアルダンに訴え、ターニア王女も同意する。


アルダンは、彼らがダリアの悲壮感に気づいていることに驚いた。

「どうして悲しそうにするのか、お二人は知っているのかい?」


アルダンが問うと、リーリエは少し考え、小さな声で答えた。

「わからない。でも僕たちは、いつかダリアお姉様が、もっと自由に笑えるようにしてあげたいんだ」

ターニアは頷き、リーリエは真っ直ぐな瞳でアルダンに訴えているかのようだ。


アルダンは、彼らの様子や言葉に胸が締め付けられた。

ダリアの心情を、自分よりもよく知るこの小さな双子に、彼女の力になってあげてと懇願されているように思えたのだ。


「お二人とも、ダリアが大好きなんですね」

アルダンは二人の頭を撫でて力強く笑顔を見せた。自分以外にもダリアに心通わせる存在との出会い。彼には双子の存在が頼もしく感じられた。


やがて夜も更け姉弟は寝室に去り、

酔いの回ったハーラル王やユリアヌス卿がカード遊びに興じる頃。

一足先に宿へ帰ろうとするアルダンを呼び止めたのは王妃だった。


彼女は2階のバルコニーへアルダンを案内し、食堂から持ち出した焼き菓子の包みを彼に手渡した。

「あの子は可哀想なの。兄には男児がいないから」

王妃の言葉は色々と核心を突き過ぎている。

アルダンとダリアの関係は、お見通しといった風。ダリアの未来も、自ら女帝となるか、縁戚から婿を娶り次の皇帝の妻となるかの何れかだ。


「アルジナ家の女はね、大抵は私のように大雑把で、帝国の格式張った貴族趣味なんて肌に合わないのよ。だから私はこの国に嫁げて幸せなの。夫も、ちっとも王様らしくないから余計にね」

王妃はアルダンの持つ包みから、無造作に焼き菓子を掴み出し、そのまま口に放り込んだ。


「ダリアは、本当は外に出たがっているのでしょうか?」

アルダンは、率直に尋ねた。


王妃は質問に答えず、アルダンをからかう。

「ふふっ、ほらね。2人で何を話したのか興味あるわ」

「あの、笑い方がよく似ていますよね。王妃とダリアは」

アルダンは精一杯の返しをしたが、王妃は笑うばかりで敵わない。


月の光は美しく、夜空に向かって背伸びをした王妃の横顔が、陶白の横顔と重なる。

ダリアは同じ月を見上げているだろうか、と急に恋しくなった。


「アルダン、機会があれば、いつでもセルシア王家においでなさい。夫も子供たちも貴方を気に入っているし、私はダリアと直接話を出来る限らた立場の者です。お望みなら貴方たちの力となりましょう」

思いもかけない王妃からの言葉に、涙が浮かぶアルダンだが、それを制するように彼女は締めくくった。


「アルジナ家の女はね、みな男の涙を嫌います」

アルダンにとっては、最後まで王妃に笑われ尽くされ、己を恥じる、楽しき夜となった。


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