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白妙の菊、星辰の鷲  作者: 北斗巴
序章 遠き日へ還らん
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序章1 勝利と不愉快

余力を残しての勝ち戦だった。

しかし、アルダン・ユリアヌスの気分は優れない。眼前の地べたに跪かされた三名の捕虜に視線を移すことを忘れ、彼の意志は宙を彷徨う。

勝利と無事を喜ぶ兵士たちの歓声が天幕を揺らす。皆が酔いしれ互いの武勇を称え合っているようだ。本来であればアルダンも迅速に捕虜の処遇を定めたのち、麾下の士官らと祝宴に興じたいところだが気乗りしない。

この数刻前、まだ進軍中の彼のもとに別の凶報が届いたからだ。


『ノイエンキルヘン陥落』


北の大国、アンブライドル帝国。その帝都が周辺諸国の連合軍に包囲され、呼応した帝国軍の反乱部隊との挟撃により、わずか数日で占領された、との報告がもたらされたからだ。

アンブライドル帝室の関係者で消息の明らかなのは、捕虜となった皇帝ヨーゼフと、簒奪を企む甥のヘルベルトのみ。アンブライドル帝国、皇位継承第一位の皇女ダリア・アルジナは宮廷の塔から身投げしたとも、従兄弟であるヘルベルト大公に捕らわれた、とも伝えられている。

アルダンは自身に課されたゲルンローテ属州の反乱鎮圧任務、その緒戦で幸先の良い勝利を収めたというのに心の落ち着く先がない。数年前、帝国への使節団正使であった父に同行して帝都を訪れた際に皇女ダリアの知己を得ていたからだ。


「軍団長閣下、ご沙汰を・・・」


「ふう・・・・・」


捕虜を連行してきた士官に促され、ようやく三人の捕虜へ視線を落とす。


「私は貴官らのこれまでの在りように敬意すら抱いている。共和国の理念、己の責務に忠実であったものを裁く法など、我々の国には存在しないし、貴官らに着せる罪名を私は知らない。以後、新たに与えられる責務を全うすると誓うならばそれでよし。民のために尽くせよ」


アルダンの言葉に、捕虜たちは顔を上げた。捕虜であった3名の表情は、安堵と困惑が入り混じっているように見えた。


「本国と属州の何が違うというのだ。同じ理念を掲げる同胞ではないか」


そう呟くとあとを若年士官に任せて、アルダンは天幕を離れた。


残された士官は思う。

~あの方は共和国の建国理念に縛られ過ぎではないか?150年も前の、、、~

マース・クライファート、この時22歳。アルダン率いる軍勢の大隊長の一人だ。

彼は3名に対して、

捕虜たちの解放と新たな役割等の伝達は明日以降になること、沙汰の詳細が決まるまでは手足の枷を外せないことなどを伝えた。

3名は夜露しのぎに監視付きの粗末な帷幕を与えられ、そこで一夜を過ごすことになった。


「これから如何なさいますか」

宿営地の中央の天幕内にアルダンが戻ると、マースとようやくの祝杯をを酌み交わしながら話し始めた。

「この地には、少なくとも3つの反乱軍拠点がある。お偉方より課せられた任務はゲルンローテ州の完全平定だ。それが成るまで首都ハウゼンには戻れまい」

「お偉方とは、貴方も元老院に席をお持ちでしょうに」

「お前、あの中で俺が充分に力を振るえていると思っているのか?」

「思っていませんよ。失礼しました」

「それが出来ていれば、いまここに居るはずがない」

「またですか。現状をもっと前向きに捉えてください。」


アルダンは不本意そうに酒をあおる。


「任務途中で帰還しようとすれば、次はこの軍団が反乱軍にされますからね」

マースは冗談顔で言った。


お互いの杯に白葡萄酒を注ぎあうと、アルダンは何度目かのため息をした。

「人材‥‥‥お前には話したことがあるかな。俺には人材が必要なんだ」

アルダンは既に酔っているようだ。

マースは酒を飲みつつ黙って聞いている。

「国をあるべき姿に戻すためには、、」

アルダンは、またため息をする。


「それ、私だけでは足りませんか?」

「国は民衆を食わすために存在する。民を食わせるためには食糧が必要で、食糧を得るには土地と水が必要で、、、、」

「それくらいは理解していますよ」

「そもそもライネは元老院のものではなく、」

「市民たちのものであり、また市民と属州民の間にすら権利の差はあってはならない、ですよね。4度目です、その話」

「、、、すまん」


その後もアルダンは自分と国の現状を憂いた言葉を続けていて、マースは静かに聞き続けつつも同意も否定もしなかった。彼にはアルダンの言葉が政治劇のセリフにしか聞こえないからだ。

〜この方は、心ここに非ずだな〜


翌朝は天から無数の絹糸を垂らしたような雨模様であった。

雨は後続の輜重隊の脚を鈍らせ、兵士たちの士気を削ぐ。反乱軍がゲルンローテ属州の各拠点から移動する可能性が薄いと見込まれる現状では、もう一日この地に留まる選択もある。


前夜の酒のせいか頭痛に悩まされながら起床したアルダンは、捕縛した3名の反乱軍士官と2000名の歩兵についての今後の方針を決めかねていた。

「雨か、、、」

アルダンは勝利と不愉快の入り混じった後の翌日を、

兵士たちには休息の日と定め、

自らは思索を巡らせる刻とした。


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