世界の終わり
その日、世界は静かに終わり始めた。
カナはのんびりと起き上がり、枕元のラジオのスイッチを押す。
「──緊急速報です。ピーーーーズズズ……観測センターは本日未明、ズズガ…径数キロメートルの隕石が地球に接近していると……ズズズ……1時間以内に衝突の可能性が……ピー……現在の推定では……ガガガ……ピーーーーーーーーー」
断片的に流れるラジオの音声を聞いて、カナは絶望さえできなかった。
ただ、無機物の様にそこに座っていた。
体の芯が冷えていくような感覚だけが、静かに彼女を支配していた。
思い切って手を伸ばし、ラジオのスイッチを切った。何かの冗談だろうか。
でも、冗談にしては音声が生々しすぎた。
部屋には冷蔵庫の唸り声と、自分の心臓の音だけが響いていた。
彼女はゆっくりと立ち上がり、ポケットからスマートフォンを取り出す。
SNSやNEWSを見ても、全て同じ言葉で埋め尽くされていた。
「隕石、1時間以内に衝突」
「昨日まで、そんな話ひとつもなかった」
「日本終了のお知らせ」
「家族に会いに行く」
「ラーメン食ってくる」
「政府が混乱を防ぐために長く隠蔽してたらしいよ」
彼女の目は画面を追っているのに、心はまるで、どこか違うところに置いてきたようだった。
膝がカクンと抜けて、床にへたり込む。
「……………………」
泣く暇もなかった。悲しみも、恐怖も、現実味を持たずに、ただ空気の中に溶けていった。
カナはゆっくりと立ち上がり、いつも通りに冷蔵庫を開ける。
昨日の残り物を見つめて、閉じる。
時計の針が、一秒ずつ進む音が、やけに耳に残る。
カナは、走馬灯の様に家族のことを思い出した。
優しく微笑んでくれたママ。
叱るときは厳しかったけど、本当は一番心配性なパパ。
震える指で、親に電話をかける。
「…プルルルル….……」
応答はなかった。
静かな呼び出し音だけが、耳にやけに刺さった。
溢れ出す後悔が、胸の奥にじんわりと滲む。
もう一度かける勇気は出なかった。
その後は、何もできなかった。
ただ、ずっとベッドの上で天井を見つめていた。
ベッドのざらついた感触が、肌にやけに生々しく感じられた。
この感触も、数十分後にはすべて消えてしまうのだろうか。
窓を見ると、空が赤く染まっていた。
悲しいほどに綺麗だった。
太陽とは違う、凶暴な光が世界を焼き尽くした。
──カナはその時、笑っていた。
「ほんと、最後の最後まで、くだらない世界だった」
ついに、世界は終わりを迎えた。
「……………………」
「………………………………」
「……………」
「お前には二つ目の命をやろう。」
「………………?」
「……………」
「……………………………」
光が刺す。
まぶしさに目を細めると、そこは──見知らぬ世界だった。
空気の味も違う。風の匂いも、聞こえてくる音も、何もかもが地球のものではなかった。
そして、次の瞬間。
自分の体を見下ろしたカナは、思わず息を呑んだ。
ムカデのような脚が何本も生え、人間の手と顔、胸、背中だけがかろうじて残っていた。
「なに…これ……」
鏡があったわけでもない。だが、わかってしまった。
──自分は、ムカデと人間の“キメラ”になっていた。