re-spec-t
帰り道に約束していた赤だぬきをゴン太に買い、自分はスープ春雨のスンドゥブとおにぎり、チョコのおやつを買って家に帰り、着替えを済ませる。応急処置の包帯と湿布をぐねった足首に貼って、ゴン太と仲良くするよう飼い猫ダイナに言いつける。
家を出ると晴れた午後の空にうっすらと透明なグラスコップについた水滴のような小雨が降っていた。嫁入りしてもらった覚えはない。ゴン太はオスだ。
それから急いで爆発殺傷事件があった東京都内私立高校へ向かうと、すでに校門入口辺りには『立ち入り禁止』の黄色と黒の縞模様のテープが張られていた。若い警察官がその外で見張りをしているので、私は裏手に回る。
そこに私と同い年の上司が傘を差しながら不機嫌そうに立っていた。
「やっと来た。遅いよ。」
長い黒髪を後ろでまとめ、小柄な百六十無い背中に垂らしている。グレーのロングコートを着て、傘を持つ手には殴られたら痛そうな細身の指輪が並んでいた。
「ごめん一ちゃん、この雨でバス混んでて…」
私は小雨に落ち着いた雨の中傘もささずに走って上がった息を整え、「もう、とっとといくよ。」と言いながらスタスタ歩き始めた彼女に続いた。
彼女の名は飛鳥川一という、幼稚舎から一緒に養成所に通っている私の同期だ。
令和前に増設されたその養成所は今や新三期生を迎え、私達はすでに旧八期生と呼ばれ昔の人扱いの様な響きを覚える。平成が短すぎるのがいけない…
一ちゃんは同期だけど、幼稚舎からのエレベーターで特進クラスのトップを走り続けた成績優秀者。養成所卒業後には早々に、新しく編成されたいわゆる〝上の人達〟が期待している部隊の隊長に任命され、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍を続けている。
かたや一方の私は貧乏一家の長女として無理くりその養成所にねじ込まれ、語るも涙の努力を続けた結果、彼女の背中を追い続ける羽目になった苦労人。
一応幼稚舎から養成所にはいたものの、高等部に上がるまでは一ちゃんのいる特進クラスなんて雲の上の存在だった。
「あ、おかえり!ドレミファー?」
爆発のあった教室に着くと腕時計からホログラムを跳ね散らかして現場の詳しい検分を始めていたもう一人の倉富宝蘭という同期にニンマリと呼び掛けられた。
「はいはい、ソラシドとか言いませんから。」
私の名前は親がトチ狂って付けた為、諳司登というので、皆挨拶代わりにこのクソしょーもないボケをかましてくる。
姉はドレミだからまだいい、普通子供にソラシドとかつけるか!?どんなキラキラだよ!!
「ノリ悪いなー、いいじゃん!スーツも似合ってるよ!」
あどけない笑みを戻す彼もまた特進クラスのトップ一味の一人だった奴だ。編入試験で留学生枠で入ってきたくせに英国育ちのこのボンボンは一ちゃんとトップ争いを繰り広げ続け、養成所卒業後にはやはり部隊長を任されていた。(私は一介の隊員ですがなにか?)
「てか宝蘭君、ニューヨークに異動になったはずじゃ…?」
同期が皆出世して行く度に深夜の爆食いが増えるのでその事は確かだった。おかげで今日もおでこのニキビを前髪で隠さなければいけない。
「なんか本部から呼び出しがあってさ、とんだとんぼ返り…」
なんだコイツは…、いきなり嫌味かっ!はいはい!さぞ世界を飛び回ってお疲れでしょーよ!!
「はいはい、そうですか。状況検分終わったらとっとと帰っていただいて結構ですよ、後は私が解決しますからっ!」
今期末には昇進の試験がある私は最近かなり気合が入っていた。彼らが居ると全部美味しいところを持ってかれない、そうはさせてなるものか!
「相変わらず気合は入ってるねー!!」
〝は〟ってなんだ!〝は〟って!!!!
「で、詳しい事わかった?」
私達の事などまるで気にしない様子で、いつもの凛とした声を通す一ちゃん。
「本部は爆発の規模から第四級以上の危険度を想定してたみたいだけど、やっぱりただの餓鬼の仕業かもね。現場からは特に妖しいものは検出されなかったし…」
宝蘭君が事件の概要と見識の結果を朗々と述べていく。
爆発事件があったのは今日の正午、都内にある私立S高校の理科室。
爆発は結構な規模のもので、部屋は隣接する準備室と向かいの教室含め跡形も無く吹き飛び、今は窓のガラス格子のいくつかが黒く焼け焦げぶらんっぶらんと垂れ下がっている。
被害者は計六名、いずれもこの高校の二年生で、内四名は時々学校をサボったり公俗不良で反省文を書かされたこともあるらしいが、それくらいのものらしい。
テスト期間中の土曜の昼ということもあって彼ら以外には先生が数人学校にいただけ、その彼らも特に怪しい点はないそうだ。
「特に妖しい点が無いんだったら餓鬼が生徒の一人に取り憑いて爆発を引き起こしたんじゃ…」
そもそも第四級以上の案件ともなれば流行り病や飢饉が同時に起きていてもおかしくはない。
「うーん…」
小さな猫くらいの額に指輪のついた人差し指を当てて考え込む一ちゃん。このあからさまなポーズが許されるのは彼女が街を歩けば全員が振り返るレベルの可愛さと小顔を持っているからだけれど。てか神様はなんで普通に文武両道、才色兼備の才媛を造っておきながら、その隣に普通に『あ、悪りぃ、手が滑ったわ』みたいな私を普通に置いてるわけ?直せよ!!!!直せよ!!!!!!!!!
「何かわかりそう?」
やっぱり私より賢くて現場経験も多い彼女なら分かることがあるかもしれない…、悔しいけど。一ちゃんは暫くしてハッと顔を上げた。
「だめだ、腹が減ってわからん」
だめだこりゃ。
「じゃあちょっと早いですけど夕飯食べに行きますか、宝蘭君も一緒にどう?」
別に他意は無い。久々に帰国した同期を飯に誘うくらい普通だろう。私別に世間の普通知らないけど。
「あ、僕これから秋葉原にお使い頼まれてるんだよね。」
宝蘭君もまた可愛い顔をした美男子だ。養成所時代は一ちゃんとカップリングを望むファンクラブまで出来ていた。てかだから、神!平等な仕事をしろよ!!!???
「何買うの?」
ぶっきらぼうに一ちゃんが聞く。これからご飯だっつってんのになんでこの人は芋けんぴ食いだしてんだ?しかも現場だぞ?ここは?
「実はさ!!新しくこの前八眼レフ買ったんだけどさ、これのファインダーの特殊レンズが秋葉原の電気街に置いてあるって聞い―」
忘れてた…、宝蘭君はカメラオタクだった。てか自分で聞いたんだから話聞けよ!ポリポリ芋けんぴ食いながら窓の外アンニュイに眺めてんじゃねぇよ!はじめちゃーん!?はじめちゃーーーん!!!??
「そうだ倉富、ここ2、いや3年間に起こった鬼が関与してる爆発事件調べてファイリングして後で送っといて。」
一ちゃんはすでに半分食べ終えた芋けんぴの袋を丁寧に空気を抜きながら丸めながらそういった。
「それで相棒に日本の建物のレゴのお土産頼まれてたからついでに買っちゃおうかなって思ってるんだけどさ、でもほら日本の建物って言っても―」
宝蘭君聞いてる?
結局ルンルンで秋葉原に向かった宝蘭君を駅で見送って私達は腹ごなしに向かった。
下町のご飯屋さんが並ぶ通りを少し歩いて、適当に雰囲気が良さそうなこじんまりした中華屋を見つけ、ここがいいと一ちゃんが言うのでそこに入る。店の中には私達の他にカウンターでラーメンをすする客が一人、おじいちゃん店主が一人で切り盛りしていた。ホログラムの電子時計の時刻はすでに九時を回っていた。
「いらっしゃい!おお、べっぴんな嬢ちゃんお二人さんね!なんにしましょ?」
愛想の良い福耳を伸ばした店長はその顔からも優しさが溢れ出てる。店には豚骨と餃子なんかの匂いが詰まって、行き当たりばったりで入ったけどこれは期待できそう!
「茹で5焼き5!それと生一つ!」
席に着くなり一ちゃんが大きな声でそう注文した。全くこの人は…
「え?焼きそば?うちかた焼きそばならあるけど、ちょっと時間かかるよ。それでも良いかい?」
店長さんも困惑していらっしゃる。私は諌めるように一ちゃんを睨み、メニューに手早く目を通す。
「あ、すいません、焼き餃子と水餃子それぞれ2人前と生2つ、後担々麺ください。」
とは言え頼むものは決まってる。いつもなら当たり外れの少ない豚骨系を行くところだけれど、なんだか期待できそうなので思い切って辛いものを注文する。店内の青白い蛍光灯に、油の丁寧に拭き取られたメニュー…、お腹減ってきちゃった…
「私炒飯セット」
普通に食うんかい!思わず心のなかでツッコんでしまう。
「はいよ!」
お冷やを出しに来てくれていたおじいちゃん店主はそう言うと、いそいそとまたカウンター越しの厨房へ戻っていった。
「最近見始めたドラマのセリフを所構わず使わない!」
これは是が非でも言って置かなければならない。一ちゃんは時々昔流行ったドラマや曲を発掘してきてはそのネタをやりたがるからだ。
「お腹減ってるからカリカリしてんなー、ソラ。」
だ・れ・の!せいで!腹減ってるのに余計なカロリーを消費してると思ってんだ!!!!
「それより、さっき宝蘭君から一ちゃんが頼んでたファイル届いてました。」
私は鞄に入れてあった液晶パッドを取り出し一ちゃんにそのファイルを見せる。
過去半年の間に、妖しい爆発事件は全部で3件。
1件目は山口県の市長のオフィス、
2件目は東京にある詐欺グループが事務所に使っていたアパートの一室
3件目も東京にある法律事務所
「事件の被害者にも特に関連性は無いように思えますが…」
私は習慣的に事件概要を手元のメモ帳に書き込んだ。
「はっ!」
何か思いついたんだろうか?一ちゃんは私がメモしていたルーズリーフの手帳の数ページを千切り取ってさらに細切れに破いていく。かと思えばそれをいきなり頭上に放り投げて…
「いただきまし―「言わせねーよ!!???しかも人のメモ帳何勝手に破いてんですか!?」
散らばった紙吹雪をかき集めたところで丁度餃子と生ビールが運ばれてきた。
「痛っだー…、何もスネ蹴ること無いじゃん…」
思わず蹴ってしまったスネをさすりながらそれでもビールジョッキを掲げる一ちゃん。はい乾杯。
ミーハーな上司は置いといて熱いうちに餃子をいただこう。お酢と醤油、ラー油を2つの小皿に入れる。
「私醤油だけ派なんだよね〜」と謎に自慢気な一ちゃんを無視してパリパリの羽根つき餃子を頂く。口の中いっぱいに広がる肉汁、ビールが進む!
2つ目の餃子を醤油皿に沈め過ぎて液晶パッドに一滴跳ねたその時、今回の被害者の顔写真が事件毎に並んだファイルに私は妙な違和感を覚えた。
「はじめちゃん、この被害者の並び、なんか違和感を覚えない?」
すでにジョッキを空にしようとしている彼女に画面を見せて確かめる。
「…。…。あっ!」
どうやら彼女も気づいたらしい。
「最近の子って皆名前キラキラだよねー…、にとか、ソラも凄いけど。」
違った。
「そうじゃなくて!これは邪推かもしれないけど、この男の子、一人だけ他の被害者に比べて浮いてるように見えない?」
被害者四人は皆髪を明るく染め、ピアスにネックレスをしてる子もいて、それが見えるように第二ボタンまで開けている。その中に一人だけきちんとブレザーの第一を閉め、黒髪でおぼこい子が居るのだ。多分、ずっと一人周りを気にせずトップを走り続けてきた一ちゃんにはわからないかもしれないけど、二軍、三軍の世界を生きてきた私からすればこの集まりは変だ。廊下で見かけたらカツアゲかもとさえ思ってしまうかもしれない。そこまで説明してもやっぱり一ちゃんにはピンときてない。
「いじめられてたってこと?」
その可能性は無きにしもあらず。問題はそういう場合、この男の子に餓鬼が取り憑きやすいことにある。現場にあの規模の爆発を起こせる四級以上の鬼がいた形跡が見当たらない謎は解けないけど…
「だとしても、とにかく腹ごしらえ!」
液晶パッドの電源を落とし、ようやく運ばれてきた炒飯セットに顔を突っ込み始めた一ちゃん…
本当にこの人元特進クラス…?