ギャングの巨魁gang gang
scene: 半蔵門付近、カラーギャング『新shin-obi-2』がアジトにしている廃墟―
「そっち行ったぞ!!回りこ―」
「行ってねーよバーカ」
廃墟2階階段付近で上から降りてきたギャング先行部隊のリーダーがチームの指揮を執って油断している所を狙う。こういう雑魚は楽でいい。いつもは弾切れになりがちだが、残弾数を表示している手元のグリップの液晶はまだ半分以上も残っていた。
「一階掃討完了、別棟に後もう1グループでしたっけ?」
「ああ、そこから連絡通路渡って階段登ってすぐの所に固まってる。」
左耳に取り付けた無線を通して網膜にホログラムの立体地図と敵位置が赤で表示される。オペレーターの堅正さんだと安定感が違う。敵位置、タイミング、誘導、未だこの人以上のオペレーターには会ったことがない。
「りょーかーい」
「っと、北北東、南南西からさらに…」
「ウイッス」
銃を玩具みたいに振り回す、それは今相手にしている彼等への最大の侮蔑、讒言、同じ舞台には居ないという矜持。
そんな私より彼等カラギャンの動きはお粗末だった、注意力散漫、視線運びは猥雑、反応は…まずまずか。
「!?テメ…」
間合い詰められてんのに機関銃なんか構えようとすなよ。もう道具使う必要もない、フェイント、金的、掌底。全体重乗っけてんだ、脳震盪くらいは覚悟してもらう。さて、即席身代わり人形の出来上がり、テキトウに弾を撃てば寄ってらっしゃい見てらっしゃい。
慌て、焦燥、惝怳 に冷静さを欠いた小心者共、このフロアは四人か。
「おい居たz...」
はい、おやすみなさい。一番最初に現れた男の足元を柱の物陰から狙う。あっ、蹴るだけですよ。ちょっと強めに。
前のめりにおでこをコンクリの床にゴチンとぶつけた音で残りの二人も駆けつける。そうだ、せっかくだから君の力を見してもらおう。
「君、名前は?」「な、無い…」
「じゃあゴン太でいいか。ゴン太、今走ってきてる片方やれる?」「えっ、あっ、えっ」
「よろしくね」「えっ…」
最後の二人はようやく緊張感を持って左右に回り込み挟み撃ちを狙っているけれど、ちょっと遅い。ゴン太が天井にまさに弧を描いて片方に飛び掛かり顔面を噛み千切ろうとする頃には私はもう片方を制圧してその姿をまるでドーベルマンみたいだと眺めていた。
「2階掃討完了、別棟向かいます。」「早ぇな」「別に雑魚かたすだけですから」「いや、そうだけどよ…」
上司の堅正さんが向こうで驚いたようにしながらそれでもコーヒーをずずッと飲む音が聞こえる。いいな、私もそろそろカフェインが欲しい…、昼前までには終わらせよう。急いで連絡通路を抜け、上の階の敵位置を再確認する。全部で七人、たかが不良のやんちゃの集まりにしては結構な規模だな。さて、どうするか…。
「concrete jungle where we are made of, there is nothing you cant do(:コンクリートの密林、できん事なん何も無いと…)」
敵の一人は鼻歌を歌いながら油断しきっている、どうせ手下が私をボコボコにして連れて帰ってくるとでも思っているんだろう。手元の硝煙玉を遊ばせながら息を整える。…、……。
…、何かおかしい。なんだ?
いや、考えてる暇はない。先ほど命名したゴン太に突撃の合図を教え、敵の視界を奪う。七人、まとめては少し厄介だが幸い四人は固まっている。WEB射出器と液晶閃光弾でそれぞれ機動力を削げば問題ない。
「痛い、苦しい、誰の言葉じゃ…。おんどれ一人救えやせんで、時矢継ぎ早、傍流勃興、大違いの勘五郎や、正当化さえ出来んこんなんの優しさ、踏みにじる前に斬らせい、摩耶カシ」
それは完全な油断、誤断、判断ミス。さっき感じた違和感の正体がわかる頃には全てが手遅れだった。四人と二人、それぞれの敵にWEB射出器と液晶閃光弾を使い手元に彼等の一挙手一投足が伝わる頃には脳内のアドレナリンが噴き出ていた。
この階に居たのは男一人…、後は全員幽鬼に完全に魅せられ操られている。虚ろな目、気怠げな姿勢、精気を吸われ尽くしたか。投げた硝煙玉の靄を裂く様に男が刀を大袈裟、大振り、大見栄斬って振り下ろしてくるのが微かに見えた。
「狐憑き」
ゴン太が間一髪で私の懐目掛けて飛び込んで半歩後ろに跳べなければ私の肩口は今頃繋がっていなかっただろう。その姿は浅葱桜舞う袢纏着崩した半妖になっている。多分服の着方わかんなかったんだろうけど…。男も随分と驚いた様子でいる、まぁ私も今朝会ったばかりだから。
「ぴんち?」
「ちょっとね、助かった。もう戻っていいよ、疲れるでしょその姿。」
「ううん、まだもう少しは平気。たぬき分は働く。」
「そっか。気をつけ―」
はじめましての会話もそこそこに男は日本刀を真後ろから振り抜いてきた。一体いつの間に移動した!?
足運び、下にいた雑魚とはちょっとレベルが違う、基礎がある…、軸もブレてない、たかだかギャングの親玉とは思えない…
「なんじゃ、天は畜生まで全部道次がしとんのか。けったいやのう。ほんだらこっちもちょっと本気出すで。のう、阿波座の!!朝寝枕の羽毛になりとうなかったら哭けや!!!!!」
男の怒号、喝一声に手元のWEB射出器が緊張を緩め、はらりと地面に落ちる。さっきまで四人の敵が突っ立っていた所に急に有象無象の烏がバサバサ、カオカオと湧き出てその嘴は人の肉を抉ろうと驀直にこちらに飛んでくる。不味いな…、多分エグ目の細菌くらいは持ってるだろうし…。
「狐火」
ゴン太が懐から出した火打石を鳴らすと私が握っていたWEB射出器に火が走る。ないす!
いつか漫画で見たまんま真似してその糸束を辺りに回す、烏共が慌てたようにあちこちへ逃げていく。もう後手には回れない、照準を合わせ、男目掛けて引き金を引く。男は蠅でも飛んできたかのように銃弾に仰け反って、飄々としている。カラス達が邪魔で上手く的が定まらない…
「ちっ…、鬱陶しいのう。お前一人で下のやつ全部やったんか?」
煙が完全に晴れ、鞘に収めた日本刀担ぐ男の姿を確認する。黒のホンブルグのハット、熨斗目に泣くティアドロップのサングラス、赤のスカーフ、海老茶色のジャケット、咥えた楊枝、浅黒い肌を締めた腹巻、白んだ空色のダメージジーンズ、おまけに雪駄ときたか…、いつの時代だよ。
「女のくせにオシャベリは嫌いか。上等じゃ。」
わざわざ敵相手にお話して隙見せるような事するわけないだろ。男は立ち並ぶ柱を駆け抜け、上手く銃の軌道から身を逸らしている。反撃してくる様子は無い。その事が気がかりではあったけど、柱の陰から見えた煙草の煙にナメられていると冷静さを欠いた。誘導されていたんだ…、この場所に。マッチが床にころんと跳ねると床が崩壊した。
「くっそ…」
予め爆弾を仕掛けてたのか…、ビル一階分の衝撃、爆破音が鼓膜に少し痛い。受け身は取れたけど、足をすこしぐねっちゃった…。あいつはどこいった!?
「ゴン太!?」
ゴン太も崩落に巻き込まれ向こうの方で狐の姿でぐったりしている…
「まだ生きとったんか、やるのう。」
人を上の階から楽しそうに眺める男に次こそはと照門、照星、引き金を引く。男は行動を完全に予測していましたと言わんばかりに軽々とその銃弾を避けた。弾切れだ…。多分残弾数まで見切られている、だから最初にわざわざ近寄って来たのか…。
「まぁ、女子供殺すんは性に合わんし、天道様も今日はご機嫌じゃけぇ、うちの若いモン一人でのした度胸に免じて今日ん所はこれで見逃したらぁ。」
そう言って男は姿を消した。
白い雲と青い空が馬鹿みたいに冴え、壁の無い廃墟に不遠慮に差し込む陽の光が男を包んでいた。てかもう昼だよな…、くそ。
「終わりました。」「おう、お疲れ。」
無線を入れ、一段落ついたことを報告する。一人取り逃したことがすぐに口から出なかった。
「どうした?」「いえ、後で詳しく報告します。取り敢えず例の現場に向かいます。」「お、おう。」
面倒見良く、勘も良い人だ。すぐに何かあったのかと尋ねようとして言葉をのみ込んだのが分かるとそれが余計に胸に変な重しを乗っけた。
ぐったりしていたものの命に別状のなかったゴン太を連れ着替えに一度家に帰った。とんだ昼前だ、くそ。