第1話 君とぼく
僕は冒険者だ。それも平凡な。加えてまだ冒険について何も知らない小心者だ。つまり駆け出しなのだ。特に職業も無い。とりあえずモンスターを倒さなくてもいい、ただの便利屋がやりそうな仕事をこなして1週間たち、その仕事の報酬で貰った銭の分で、普通の生活は送れるようになった。
雪が降り積もったある日の早朝、宿屋の近くを散歩しようと外に出たところ、家に忘れ物をしていることに気がついた。
それは、僕が冒険者になる前からずっと大切にしていた母の手編みのマフラーだった。
なぜ忘れてしまってたのだろう。
こんなにも外はまだ寒いのに。
そんなことを思いながら宿屋にそれを取りに帰ろうとすると宿屋の前で立っている一人の女性がいた。
見たところ、僕と同じ冒険者のようだったのだが、何か様子がおかしいと思った。
彼女は周りをキョロキョロしながら、お腹を押えながらずっとそこに立ち尽くしていた。
きっとお金が無くて食べるものに困っているのだろう。
僕はそれを見ないふりをして宿屋の中へ戻り、すぐにまた外にでた。
するとさっき居た女性がこっちを見て何か言おうとしてきた。
言われる前に僕は何となく手助けをして欲しいのだろうと思い、目も合わせずにそのまま面倒事に巻き込まれないよう慎重に一歩一歩足を踏み出した。
すると女性は僕の手を引いて、
「ちょっと待って欲しいです」
そう呟いて、身体を震わせながら次の言葉を言おうと口を開いた。
「一緒に散歩してくれると嬉しいんですけど...」
と言った。
僕は少しめんどくさいなと思った。
なぜなら僕は言っちゃなんだが人見知りで、話すことすら緊張を覚えるほどなのだ。
なので、丁重に
「申し訳ないんですが、自分じゃできそうにないので他を当たって下さい。」
と言っておいた。
そういった後ふと彼女の顔を見ると、取り繕ったような笑顔で微笑みかけ、そのまま去っていこうとしていた。
その時、僕は胸の鼓動が早くなるのをひしひしと感じた。
この感情は言葉にできない。
僕は、気づけば彼女の手を強く握っていた。
彼女はすごくびっくりしていたが、少し経つと、
「一緒に散歩してくれるんですか?」
と言ってくれた。
僕は、「はい。もちろんそのつもりです。一緒に行きましょう。」そう言い、僕と彼女はとりあえず歩き出した。
僕はマフラーをつけたが、それでも寒いなと思っていた。
だがそれ以上に、隣にいる彼女は嬉しそうな顔をしていた。
「とても魅力的だ。」
思わずそう言ってしまった。
そうして彼女の頬はどんどん赤く染まっていくのだった。
僕はそれを見て、不覚にも笑ってしまった。
そりゃあ急にそんなことを言われれば、照れるのは必然的かもしれないが、彼女は立ち止まって自分を正そうとしてあたふたしていたのだった。
しかしながら、僕が笑っていたのは、決してその彼女の動作の表面を嘲笑するような形のものではなかった。
ただ僕は、彼女を見て、共に冒険という茨の道を歩いているのを想像していたのだ。
きっと一緒に冒険すれば楽しいだろうな。
そして最終的には何人かのパーティーを創り上げて、なんだかんだやって上手くやって行けそうだ。
なんて考えてしまった。
そんな能天気なことを考えた自分を律するため、今度は真面目に色々聞いてみようと思った。
だが、いざ考えてみると何を聞けばいいかなかなか悩むものだ。
なんとなくひとつ聞いてみた。
「君って人間だよね?」
するとすぐに答えた。
「いいえ、私はただの花です。」
と言った。
僕は仰天した。
それどころかそれが真実であるかどうかも信じられなくて、思わず肩を押えながらお願いをしてみることにした。
「それなら花であるかどうか証明してみてよ」
と。
彼女はしばらく動かずに一生懸命証明する方法を捻出しようとしていた。
一体何をするのだろうと思いながら数分間待った後に、突如僕の目の前には青緑色の花のお花畑が現れた。
それも僕たちを囲んでいくように。
「一体これはなんなんだ...」
僕はそう呟いた。
すると彼女は優しい笑顔で言った。
「花という名の私たちの希望です!」
そう言ってから彼女は次に、
「花を出せるなんてきっと花にしかできないものだと思うの。これで証明できたかな。」
僕は答えた。
「うん。そうだね。ほんとすごいや。」
納得はしたが、気になることが出てきた。
「花が私たちの希望だというのはどういう意味なの?」
「それはね、私でもよくわかっていないのだけれど、初めてあの花たちを見た時になんとなく思ったの。」
拳を握りしめ、言った。
「冒険に目的なんてなく、自信もなく迷ってばかりの私が唯一確信を持って言えることなの。」
そういった彼女の瞼は、今にも流れそうな涙をぐっと堪えていた。