09 ひらめき
野外用の服に着替えた私は、村のはずれにある森の入口にきていた。
ロデリックはまだ来ていない。
まぁ準備とかあるんだろう。
だが5分ほど待ってもロデリックは来る様子はなかった。
明確に時間を決めていないのは失敗だったなー。
待つのに飽きてきた。
よし、ちょっと森を見て回ろう。
5分待たされたし...10分後ぐらいに戻ればいいか?
私は地面に木の枝で、書き置きを残すことにした。
いやー、まだ子どもの身分なので森に入るのは禁止されていたのだけれど。
これはワイルド系お嬢様のキャリアパスも検討しなければ。
ロデリックもたまにはいいことをする。
私は字を書いた枝をその辺に投げ捨てると、森の中へ足を踏み入れていった。
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森をしばらく進むと、前方に人の気配を感じた。
おや? こんな森の中でなんだろうか。
気配のする方へ歩いていくと、いかつい男が3人立っていた。
1人が私の気配に気づいたのか、声をかけてくる。
「おう、お前か。予定よりもはやいが...何だと!」
「マ、マルティナだ! 奴はどうした!」
「落ち着け、全員でかかれば何とかなる!!」
3人は腰にさげていた剣を抜くと、私に向かって構えた。
ほえ? いったい何事だろうか。
この3人は見た目こそ荒くれ者で強そうだが、構えも素人だし剣に魔力も通っていない。
道場の門下生たちと比べると圧倒的に格下だ。
私でも簡単にあしらえるだろう。
「相手は貴族のお嬢様だ、武器も持ってない!」
「見られたからには仕方ない! ここで取り押さえてしまえばいい!」
口々に叫ぶ男たち。
ここへきて、私は彼らの正体に気づいてしまった。
こいつら盗賊だ。
最近領地の外から、この手の素行の良くない方々が森に逃げ込んでくることが増えているらしい。
悪いことをしても、辺境の森の中に逃げ込めば誰も追ってこないと思っているのだろう。
実際は熊や狼、門下生など恐ろしい存在が巡回しており、見つかり次第バラバラにされるのだが。
このひとたちは運良く森のお巡りさんたちに見つからなかったらしい。
仕方ない、ここは領主の孫娘として、悪の芽を断ってしまおう。
マルティナちゃん初めての実戦だが、素人に負けるほど弱くはないのだ。
盗賊を放置しておいたら、村の誰かが襲われたり、攫われたりするかもしれない。
だからうっかり殺してしまっても―――
―――そのとき、私の中をひとつのアイデアが稲妻のように駆け抜けた。
彼らは、盗賊。
彼らは盗みや強盗だけでなく、人さらいもやる。
つまり。
貴族のお嬢様であるマルティナちゃんのことも、誘拐してくれるのでは??
あまりにも素晴らしいひらめきだ。
このアイデアは、ロデリックにより破壊されたプランを、本来のルートに戻す力がある。
ロデリックの提案で森にマルティナが行くことになり、ロデリックが遅刻したせいでマルティナが森で迷い、ロデリックがいなかったから攫われてしまうのだ。
ロデリックは自分の立場を守るため、必死でマルティナを助けに来るに違いない。
助けに来たロデリックを上から目線で許してあげれば、今後の生活においてマルティナが有利な立場を得られるようになるはずだ。
ロデリックの剣の腕は知らないが、この盗賊たちは私よりも弱い。
いざというときは、ロデリックの手助けをしてあげれば誰も怪我をせずに『誘拐&救出』シチュをエンジョイできるはずだ。
この計画に....穴はない!
私は素早く決断した。
「キャーコワイ」
か弱いお嬢様のような声を出し、腰を抜かして地面にへたり込む。
緊張でふるふる震え、涙目で盗賊たちを見上げるマルティナちゃん。
「...タッ、タスケテー」
完璧だ。どこからどう見ても荒くれ者たちに恐怖する貴族のお嬢様だ。
とても誘拐したくなるに違いない。
...誘拐ではなく他の犯罪を狙ってくる可能性もあるが、そのときは縁がなかったということで魔法拳により爆散してもらおう。
無抵抗で怯える私をみた男たちは、目を丸くして硬直した。
「お、おい。どういうことだこれは」
「報告と違うぞ」
「この女、どこからどう見てもただのお嬢様だぞ」
おっ、いいね。
報告?というのはわからないが、いい流れが来ている。
「ま、まぁいい。邪魔が入らないうちに確保するぞ」
「『鎖』は使うか?」
「あれは高価な消耗品だ。使わずに済むならそれでいい。普通の縄を使おう」
男の一人が懐から縄を出して、私の方ににじり寄ってきた。
「ヒッ、トテモコワイ。コロサナイデーーー」
「大人しくしてれば命までは取らないさ、嬢ちゃん」
「ワタシ、サラワレルノ?」
「ああそうだよご令嬢。お前は誘拐されるんだ」
「よっしゃあ!」
「よっ...しゃ?」
「あっ、しまっ....ユウカイ、トテモコワイ!」
「そうだ、大人しくしてろよ」
男は縄を出すと私の両手を縛り上げた。
ついでに声を上げられないように、布の塊を咥えさせられる。猿ぐつわというやつだ。
男たちは私を立たせると、森の奥へと歩きだした。
「しかしこれは...あまりにも報告と乖離がある」
「奴にはあとで尋問だ。『組織』に対する反逆も疑われる」
「所詮はガキなんだよ。こいつのどこが熟練の魔法剣士なのか聞いてみたいぜ」
男たちは何か会話しているが、私はそれどころではなかった。
眼の前に転がっていたチャンスを、しっかりモノに出来た多幸感に包まれるので忙しい。
あ~、この先の展開が楽しみだ!