08 誘い
「おはようございます、お嬢様」
礼儀作法教育という名の人格矯正を受けた私は、朝も立派に起きれるようにな...っていなかった。
いつものように、ロデリックに容赦なく布団を剥がされるはずだったのだが。
なんと、今日は肩に手をおいてゆさゆさと揺らしてくる。
「お嬢様、朝ですよ。起きてください」
おかしい。
いつもならそろそろベッドの上から放り投げられているころなのに。
今日のロデリックは妙に優しい。
しかし、他人の優しさに限界まで付け込むのがマルティナの流儀だ。
私はいつだって限界いっぱい寝ていたいのだ。
「ううん...」
「お嬢様、お嬢様、起きてください」
「やだ」
ハァ、とロデリックがため息をついた。
あ、そろそろブチギレる頃合いだ。
しかし今日の私は作戦を用意していた。
私は布団から手を伸ばすと、ロデリックの袖口を掴む。
「ねぇ、こんなこと、やめにしない?」
「ッ!」
それは可愛いマルティナちゃんの魅力で、情に訴える作戦だ。
なんか結構効果があったらしく、ロデリックが珍しく怯んでいる。
「どんな事情があるか知らないけど、それがあなたのやりたいことなの?」
地獄の教育ママの尖兵になるために生まれてきた人間はいないのだ。
さぁ、ロデリックも一緒にベッドで寝よう。
冬の布団の中こそ、全人類の居場所である。
「...あなたはどこまでご存知なのですか」
うん? 私が知ってること?
私が知っていることといえば、ロデリックがお母様の手先ということぐらいだ。
「あなたが、上の人間に逆らえないことぐらい?」
可哀想に。
ロデリックはつく相手を間違えたのだ。
お母様ではなくマルティナちゃん派の人間になっていれば、今ごろみんなでハッピーライフだったのに。
「.......」
ロデリックは何も言わなかった。
しかし無理やり布団が引き剥がされる気配もない。
剥がされるのを待つのもめんどくさいので、私は自分で布団から出ると、ベッドから降りてロデリックの眼の前に立った。
「お、お嬢様....」
初めて自分から起床したマルティナに対し、ロデリックの目が大きく見開かれている。
珍獣でも見るような目だ。失礼すぎる。
「さぁ今日の予定を教えて、ロデリック。今日は全部、あなたに合わせてあげるわ」
まぁここ数日すべてを指示されてるけどな!
1日ぐらい、パーフェクトお嬢様なマルティナを見せてあげてもよいだろう。
「ッ....あなたは、それで良いのですか」
うん? 良いに決まってる。
「もちろん。でも私を舐めないことね」
「ありがとう...ございます」
「じゃあ今日の予定は?」
「本日は、森の中で、狩りをすることに、なっています...」
なんと。今日は礼儀作法の練習ではなく、森でハンティングか。
狩りはやったことがない。
館や村の近くに熊が盗賊が出たときは、門下生たちが狩りに行っているらしいが。
しかし狩りとはどういう風の吹き回しだろうか?
都会の礼儀作法と、森でハンティングは対極にあるような気がするんだけど...
まぁとにかく礼儀作法レッスンの地獄ループから抜け出せるなら、何でも大歓迎だ。
「そう、楽しみね! お互い着替えが必要だから...どこで待ち合わせする?」
「楽しみ...ですか。では村のはずれにある森の入口で、待ち合わせしましょう」
ロデリックはそう言って部屋を出ていった。
よーし、何を狩るかは聞いていないが、ロデリックより大物を獲ってやろう。
私は寝間着をベッドへ放り投げると、外行きの服に着替えだした。