大翔さんの過去3
「ある日大翔が当直の日に夜間救急で大怪我の患者が運ばれてきたわ。女性だった。その女性は全身打撲の状態で、体中にアザだらけだった」
「・・・DV・・・?」
思わずつぶやいた。
真帆さんは私の顔をじっと見つめると、首をゆっくり縦にふった。
「そう。彼女は旦那さんからDVを受けていた。
ものすごい状態だった。身体はもちろん精神的にも不安定になっていた。
担当の医師は大翔になった。大翔は外科的な怪我の処置だけじゃなく、彼女の相談にも親身になったのよ」
大翔さんらしいと思った。
真剣に人を心配する。
おせっかいと思えるほどに親切に。
そうするだろうということは私が一番知っている。
「彼女は大翔のアドバイスによって、離婚しようと決意したわ。だけど彼女は夫の元に戻されてしまったの」
「え・・・なぜ?」
「彼女の夫は有名な政治家の息子だったのよ・・・」
京凛大学病院は政治家のご用達の病院でもある。
それはみんな周知の事実だった。
だから政治家の圧力には弱いのだろう。
容易に想像がつくことだ。
「彼女は他の医師や教授たちの猛烈な反対にあって、夫の元に戻された。大翔は必死になって抵抗した。だけど無駄だった。でも彼女は数日後に又病院に戻ってきた。物も言えない状態でね・・・」
「・・・どういう事ですか?」
「殴られすぎて脳が損傷してしまった。意識を失ったまま、植物状態になってしまったの・・・」
なんてことだろう・・・
私は思わず声が漏れそうになって、顔を両手でおおった。
他人事とは思えなかった・・・
私もこの前までそうなっていても不思議じゃなかったのだ。
もしあのまま大翔さんに助けてもらわなかったら・・・
想像するだけで震えが止まらない。
「でもそれって傷害・・・っていうか、殺人じゃないですか!!警察とか公的機関は動かないんですか!?」
私はつい熱くなってしまって、叫ぶように疑問を真帆さんにぶつけた。
真帆さんはため息をついた。
「さっき言ったじゃない。京凛大学病院は政治家御用達だって・・・」
「は?」
「全部揉み消されたのよ・・・」
「何ですか!!それ!!」
「それは大人の事情ってものなのよ。仕方がないことなのよ・・・」
何なんだろう!!それは!?
私は心底むかついていた。
怒りで手が細かく震えた。
だってDVされて、痛い目にもあって、意識も戻らないくらいひどい事されたのに、その加害者はのうのうと何もなかったかのように暮らしてるなんて許せない。
何もなかったかのように生きてるなんて卑怯だ!
こんなの大人の事情なんかじゃない。
卑怯者の言い訳だ!
「何ですか??それ・・・大人の事情なんて格好つけて言ってるだけで、親の力を借りて逃げてるずるい奴じゃないですか!!すごい汚い!!最低な奴だと思います!!」
「大翔もそう言ったわ・・・」
真帆さんはポツリと言った。
「大翔はすごく怒ったし、告発までしようと考えていたわ。でも病院関係者の圧力につぶされて、できなかった」
「汚い・・・」
「そうね、汚いわね。そんな病院に大翔は絶望したのね。大翔は京凛大学病院を去ったの。それと同時に大翔は私との婚約は解消した」
「そんなの大翔さんが辞めるの当たり前です!!」
大翔さんは正義感が強い。
きっと本気で告発をしようとしていたんだろう。
それに圧力をかけられたら絶望する。
しかも自分が必死に働いていた病院に・・・