逃げる勇気6
しばらく沈黙が続いた。
どうやらairさんは何か考えているようだった。
覚悟を決めているような雰囲気を私は察した。
「わかった。くうちゃんって住んでるのは都内?」
「あ・・・う、うん」
「それは良かった。俺も都内だから何とかなりそうだな。それで最寄の駅はどこ?」
「えっと日暮里・・・」
「わかった。俺、今から日暮里駅に行くよ。30分くらいかかるけど大丈夫??」
来てくれるの・・・?
私はビックリしていた。
「うん、大丈夫」
日暮里駅まで徒歩10分だけど、今の私の足では20分以上はかかるだろう。
ちょうどいいかもしれない。
「わかった、じゃ、すぐ行く」
airさんはそれだけ言うとチャットを退室した。
私もチャットの画面を落とすと、パソコンの電源を切る。
そして大急ぎで小さなボストンバックに、衣服や日用品、なけなしのお金など思いつくものをボンボンと放り込んでいった。
小さなボストンバックはすぐにパンパンになった。
そして私は家の玄関から転がるように外に出た。
タカが今の時間に家に戻ってくる可能性はかなり低いけれど、念のためだ。
ここでハチ合わせするのはかなり避けたい。
チャットでairさんに助けを求めた時はタカが家に帰ってくることなんて頭から抜けていたのに、こうやっていざ逃げ出すことになると、タカに見つかる事に死ぬほどおびえてるのが何だか滑稽だと感じた。
できるだけ早く待ち合わせの日暮里駅に着きたい。
気持ちばかりあせるけど、タカにDVを受けて傷ついた体は全然言う事を聞かない。
脚をひきずりながら、この寒い季節に汗をかきながら必死に駅に向かう。
いつもの長いとも思わない駅までの道のりが永遠にも着かないとも思われる道のりに思えた。
駅前に近づくと、終電前なので人通りが結構ある。
私のこの形相を見て、すれ違う人はみんな振り向いた。
中には指差してこそこそ何かを言ってるカップルまでいる始末だ。
それはそうだ。
頬は腫れているし、まぶたも腫れている。
口の中も端も切れている。
髪の毛はグシャグシャに乱れている。
まともにも歩けないで、脚をひきずっている。
顔も必死の形相だろう・・・
でも恥ずかしいとも思わなかった。
私は1秒でも早く日暮里駅に着かないといけないのだから・・・
結局20分以上かけて私はやっと日暮里駅に着いた。
私は力尽きて、倒れこむように駅の階段に座り込む。
こんなに寒いのに全身が焼けるように暑い。
まるで夏のようだ。
汗がダラダラと吹き出して来る。
顔も上げられないくらい私はだるくなって、膝に顔を伏せた。
その時背後から、
「くぅちゃん・・・?」
私の事を呼ぶ声がした。
さっきチャットで私を呼んだ声と一緒の声だった。