2章1話
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昇天歴285年 宇宙標準暦でドラゴンの月
5日 16時88分
役職:船長補佐
種族:デーモン
氏名:ラヴィーネ・モナ
『英雄ハセガワ・ダイトの素顔』より抜粋
「ラヴィーネ!危ない!」
[[ グァン!ズオオォォォ! ]]
[[ ズガァッ!ギギギギギギッ……! ]]
鋭利な爪が、私の乗る『 オロバス 』の
両肩に突き立てられた。
魔法合金製の装甲は貫かれ、
変形し、不快な金属音が鳴り響く。
翼を持つ、その四足の怪物が、
巨大な体躯でのしかかってきた!
そして、『 オロバス 』は
容易に姿勢を崩して
未開惑星のぬかるみへと倒れ込んだ。
[[ ザブウゥゥゥンッ! ]]
首のないずんぐりむっくな
人型機動兵器『 オロバス 』。
ライオンの顔、猛禽の胴体を持つ
巨大な四足の怪物。
2つの巨体がぬかるみでもつれ合い、
大きな泥しぶきを轟かせると
ギャアギャアと、
カラスに似た正体不明な異星の鳥たちが、
近隣の沼地の翡翠色な水晶質の木々から
飛び立って大騒ぎをする。
[[ ビィーーーッ! ]]
[[ ビィーーーッ! ]]
[[ ビィーーーッ! ]]
[[ 浸水! 気密性低下! ]]
計器異常を知らせるビープ音と
人工音声がコックピットで鳴り響く。
ギリギリギリ……と、
不快な金属音は隔壁越しに大きくなる。
それは、巨大な怪物の大鷲のごとき鉤爪が、
私のW・モービルを
ワシづかみにして握りつぶさんとすることで、
装甲がひしゃげていく音に他ならなかった。
ハァ、ハァ、ハァ……。
自分の息遣いをとても大きく聴いていた。
私の『 オロバス 』は
泥水の底に重し付けられ、完全に動かない。
ひしゃげた装甲の隙間から
泥水がコックピットの中へ流れ込み、
私のふくらはぎが水に触れているのを
冷たさで感じていた。
そのときだ。
外からハセガワ船長の
意気揚々とした声が聞こえてきたのは。
「おとぎ話の国に帰るがいい!
マンティコアめ!」
[[ ぶおおぉぉぉっ……! ]]
風を切る鈍い音。
巨大な何かがスイングされている。
続いて、大きな衝撃音。
[[ ゴキシャアァァッ!! ]]
骨か木々かがへし折れるような、
乾いた音が鳴り響いた。
[[ ギア”ギシヤアァァァァ!!!! ]]
四足の怪物の咆哮。
衝撃音のあと、耳をつんざいたその声は
『 オロバス 』の真上から
遠くへと、飛ぶように離れていった。
[[ ズゥゥゥン…… ]]
そして私は、私の駆る人型機動兵器が
自由を取り戻していることに気づいた。
た、助かった……。
汚泥に沈みかかっていた機体を操作して、
水面の上に直立させると
ジャバジャバと、
機体に入り込んでいた泥水が
流れ出ていく音がした。
ノイズ混じりになったモニターで
周りを確認する。
見ると、
ハセガワ船長の『 エレメンタリスト 』が、
四足の怪物めがけて突進していた。
相対する怪物は、体を起こして
体制を整えようとしている
『 エレメンタリスト 』のシンボルでもある
機体の全高ほどもある
長いマジックロッドを両手で握ると
怪物の大口めがけ
長槍のように突き出して、
先端の魔力射出装置を兼ねた
巨大水晶球を、怪物の口奥にねじこんだ!
「バーニングトォオオオゥチ!!!」
『 エレメンタリスト 』に注がれた
ハセガワ船長の魔力が、増幅される!
ウェアラブル・モービルは、それ自体が
搭乗者の魔力を増大させる装置のようなものだ。
肩にかかる魔術師のケープが緑色に光り輝く。
[[ ぶしゅっ! ]]
水晶球が、魔力で灼熱を帯びて白熱発光する!
怪物の口内にねじ込まれたままだ!
[[ ジュュワアアァァァァァッッ!! ]]
[[ ギアャアアアアァァァッッ!!!! ]]
莫大に増幅された魔力の発生させた熱量が、
怪物の生体ごと、ぬかるみの泥水を蒸発させると、
爆発的な水蒸気が立ち上った!
『 エレメンタリスト 』と怪物は霧に覆われた。
霧の中で、発光している化物の
頭のシルエットだけが映し出される。
コックピットの隙間から流れ込む外気からは、
肉の焦げたいやな臭いが漂ってくる。
ハセガワ船長の灼熱の魔法が
マンティコアを打ち倒したのだった!
[[ ピピピッ! ]]
『 エレメンタリスト 』から通信が入る。
「モナ君!まだ戦えるかね!」
「は、はい……。 機体はまだ動くようです。
助かりました。ハセガワ船長。」
「礼には及ばん! それよりモナ君!
『 ダメージコミュニオン 』の
呪術は使えるかね!」
「え?」
『 ダメージコミュニオン 』などという
名前の魔術は存在しない。
ヒューマン種が勝手に作り出した造語である。
いや、ヒューマン種というか、
ハセガワ船長が書いた出版物のせいで
世に広がりつつある間違った魔法名称である。
「……『 血の呪縛 』のことですか?」
「そう、それだ!」
『 血の呪縛 』は、
血を分けた集団の痛覚を魔術により同調させる。
兄弟で戦場に出てきた敵にかけて、
片方を攻撃すると双方にダメージが入るなど、
まぁ、普通に使っては汎用性に乏しいので、
疑似生命を与えた藁人形などに
敵の血を混ぜた後、
杭で打つなどして用いることが多い。
「ご存じとは思いますが、
『 血の呪縛 』は、有効な対象が
目の前に揃っていなければ……
そうですね。この個体が、
他の怪物たちと同じ血族であれば……」
「その可能性は高いよ!モナ君!
野生動物の群れは、
家族単位で行動していることが多い!
血がつながっている可能性は
十分に考えられる!」
「あっ」
なるほど…。
確かに他の家族集団と
群れをなす野生動物は稀だ。
特に捕食動物の場合。
「さあ!急いでくれたまえ!
このマンティコアの息の根が止まる前に!」
「りょ、了解です!」
[[ ギギッ! ]]
[[ ザブゥン… ]]
……うん、大丈夫。
少し、軋む音がするけれど、
まだ『 オロバス 』は動く!
ずんぐりむっくの『 オロバス 』の足は、
馬の蹄のような形をしている。
しかし、その手には『 グレーターデーモン 』
(デーモン族用 W・モービルの総称)の
名に相応しい、禍々しい鉤爪がついていた。
マンティコアは、
頭が炭化してなお、まだ生きていた。
その命が尽きる前に……。
『 オロバス 』の鉤爪を、
倒れた怪物の
仰向けになった腹部に突き刺すと、
私は、コックピットの2本の操作レバーに
挟まれた位置にはめ込まれた水晶球に
手を触れて、軽く念じた。
……同じだ!
この怪物には、
私たちの母星の生き物と同じように、
マナが体中を駆け巡っている!
これなら『 血の呪縛 』も通用するに違いない。
水晶に触れながら深い瞑想状態に入ると、
私の感覚は『 オロバス 』と同調していた。
右の鉤爪から感じる、マンティコアの臓物。
その久々の生々しい感触に、
デーモン族としての、禍々しい本能が
高ぶり興奮が体中を駆け巡る。
いやね、はしたない……。
……マンティコアは、
筆舌に尽くせぬほどの怒りと痛苦の中で
もがいていた。それにまとわりつく、
血の命脈を手繰り寄せると、それを利用して
死の苦しみを他のマンティコアへと送り届ける。
「――血に叫べ、その苦しみを!
枷とし呪縛せよ!」
[[ オ”オ”オ”オ”ォォォォォ…… ]]
「ブラッドカース!」
[[ ドオ”オ”ロ”ォォォォォ…… ]]
[[ グオォォ!? ]]
[[ キキャアアァァ!! ]]
[[ グアアギャアアァ!! ]]
襲撃してきたマンティコアたちが、
のたうちまわる。
同族の死の苦しみが、魔術によって
脳髄に叩き込まれているのだ。
のたうつマンティコアたちの咆哮で
辺りは騒然となり、
空を飛んでいた個体も
地上へと墜落してきた。
「おおぉっとぉ!?
こいつら、急にどうしたんだ!?
ラヴィーネが呪いをかけたのか!?」
[[ スィ―――ィィンッ! ]]
[[ ズブッ、シャアァァッ!! ]]
装飾で彩られた細身のサーベルが、
のたうつ怪物の一匹の首筋へと
吸い込まれ、
派手な切断音を奏でながら、
頭部を胴体から切り離す。
私の仲間、エルフのドリスが駆る
『 アルストロメリア 』だ。
彼女は、私達の降下艇を庇うように、
単騎で3体のマンティコアに対峙していた。
樹木が絡みついて細い人型になったような、
そのシルエットは、
エルフ族専用W・モービル
『 シルヴィンナイト 』に特徴的なもので、
太古の風の精霊シルフの眷属に相応しく、
風の魔法で機体性能を高めて、
武器を使った地上格闘戦闘を得意としていた。
『 アルストロメリア 』は、
中でも特にスピード重視型のサーベル使いで、
対峙していた3体のマンティコアが
苦痛にのたうちはじめると、
瞬時にその首を刎ねてみせた。
「あーーっはっはは!
ラヴィーーーネ!! 助かったぜぇ!!」
[[ ズシャ、ズシャアァァッ!! ]]
「正直、もう、勝てねえと思ってたぁ!!」
エルフのドリスは大声で私の援護に感謝した。
「やっぱり、
お前の『 呪い 』は天下一品だぜぇ!」
「『 呪い 』じゃないわよっ!
これは、『 魔術 』です!」
ハセガワ船長は大声で号令をかけた。
「モナ君!よくぞやってくれた!
さあ! 皆のもの!
敵が弱っている間に、打ち倒すのだ!
いけい! いけい!!」
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全てのマンティコアが討伐された頃には、
既にこの星の太陽が、
水平線の向こうへと沈みかけ、
辺りは夕暮れに赤く染まっていた。
「おいおい、
まだ18時だっていうのに
もう陽が沈みかけてるぜ。」
『 アルストロメリア 』のパイロットである
エルフのドリスが、コックピットハッチを開け
身を乗り出して沈みゆく太陽を見送っている。
低い身長と対象的に
長くたなびく銀髪が風に撫でられ、
褐色の肌が夕日色に染まり、
彼女の美形と合わせて、
それはまるで絵画のような光景だった。
「ふむ。
この惑星の1日は30時間と少し程度のようだ
今でこそ自転速度が遅くなったが、
地軸が狂う前は本星の一日も、
24時間であったから……」
「ふあぁーあ……」
戦いが終わり、気が緩んだせいか
私はかみ殺しきれずに
大きなあくびをしてしまった。
「お?どうした、ラヴィーネ。
不真面目かぁ?」
ドリスがすかさずちょっかいをかけてくる。
「違います!ただの生理現象です!」
「ふははは!
我々の時間ならまだ床についている頃だ!
眠くなるのも致し方あるまい!」
ハセガワ船長は、私のあくびを笑い飛ばした。
フォローをいれてくれるような、
人との機知に富んだお人ではない。
ただ単純に、
私の間抜けなあくび姿が面白かったのだろう。
オレンジ色の夕日の光線は
傾くにつれ、その鋭さを増して
『船』をつややかな朱色に染め上げていった。
爆発する『 ドワーブンセトラー 』から
私たちを助け出して、この地表へ導いた
緊急避難艇。それは着陸してからも
その役割を終えず、私たちの拠点となっていた。
船の2階、中央ラウンジの窓ガラスから
避難民たちが私たちを見上げている。
船の守護者たる私たちに向ける
その表情は多種多様だ。
……今回の戦闘は、完全な勝利からは
程遠いものであったのだから、当然だ。
原始惑星の野性味溢れる赤い光が差し込んで、
ラウンジ床の白いタイルは真っ赤に染まり
宇宙を旅してきた人々も
惑星上での一日の終わりというものを
しっかりと味わっていることだろう。
避難艇の船体は、全体を見ると円盤状で
UFOのような形をしている。
しかし、両側面に一組ずつのごつい
重水素核融合エンジンと中型スラスター。
背部には乗降口とW・モービルの
整備デッキをランドセルのように背負っており、
母星との連絡が絶たれた今、この船は私たちと
近代文明を結ぶ唯一のつながりとなっていた。
「……それで、
大破した『 アルファウェールズ 』
の状態はどうだ?
それとパイロットの容態は……。」
「残念ながら、機体の方はもうダメです。
魔力機関まで完全にやられちまってます。
もう修理もきかんでしょうね。
でも、
パイロットの方は、ピンピンしてますよ。
さすがライカンスロープだ。
他の種族なら死んでるとこです。」
「ほう、それは良かった。
やはり人命が最も尊い。
それに、現状で不足しているのは
機体よりパイロットだ。」
「……そういう意味では……」
エルフのドリスは珍しく言葉を濁す。
「……僚機として共に防衛に当たっていた
『 セイクリッドクロース 』の方が
深刻かも知れませんぜ。」
「ふむ。」
「パイロットの天使、
彼女が完全にブルっちまってて……。
『 アルファウェールズ 』が
彼女を、かばってやられたことに
責任を感じちまってるみたいで……。」
「そんなにひどいの?ドリス。」
「可哀そうなもんだよ。放心状態で。
ありゃあもう、とても、
戦いは無理でしょうな。」
「むぅ…。そうか。
天使諸君は総じて優秀だが、
打たれ弱いところがあるからな。」
「……ハルミは、元々後方勤務なんです。
無理を言って、『 アークエンジェル 』
(エンジェル種専用 Wモービルの総称)
に乗ってもらいましたけど……。」
今回の戦いに参加したパイロットで、
正規のパイロットだったのは、
エルフのドリスと、私だけだった。
私がもっとしっかりしていれば…。
「……申し訳ありませんでした、
ハセガワ船長。
私が足を引っ張らなければ、
彼女たちを助けに行けたのに……。」
「はは、何を言うのだ。
気に病むことはない。
『 オロバス 』は
格闘向きの機体ではないのだからな。
それに、勝利できたのは
君の『 呪術 』のおかげだよ。
あのままなら、
我々は全滅していたかも知れない。」
「いえ、あれは『 呪術 』などではなく……」
「『 魔術 』ですぅー!ってな!
ははは!何が違うんだよ!」
「むっ……!」
まったく……。
そういうがさつさが
デーモン族への偏見を生むのよ!
「とにかく、原生生物の襲撃は、
この星に降り立ってからこれでもう三度目だ。
そして、これで終わりではないだろう。
……諸君、これは著しく急を要する事態だ。」
ハセガワ船長は珍しく真面目な声だった。
「『 アルファウェールズ 』と
『 セイクリッドクロース 』を欠いた今、
残るW・モービルは3機だけとなった。
船の避難民を守り続けていくには
あまりにも心もとない。
この際、不本意ではあるが……。」
「……民間人からの
パイロットの徴用ですか。」
「ま、そーなるよなぁ。」
重苦しい沈黙が私たち3人を包み込む。
最終戦争のあと、
母星統一政府の下で発足された惑星防衛軍は、
原則として志願兵のみで構成されており、
民間人からの徴兵はご法度だった。
しかし、我々は3体の機動防衛戦力で、
『 ドワーブンセトラー 』から逃れた
4000人の避難民を守りきらなければならない。
「誰か、
W・モービルの操縦経験者が
見つかればいいのだが。
ふぅん、うーむ、
どこかに、心当たりが居ないものか。」
「うん、そーだな。
経験者が見つかるのが一番いいぜ。
素人だったら、
1から訓練しなきゃ
ならねーわけだしなぁ。」
「……経験者ですか。」
そういえば、私には一人、
非常に近しい人物に その心当たりがあった。
そして、
それはハセガワ船長もご存じの人物だ。
「とにかく、
民間人に戦闘を強制するような真似だけは
絶対に避けたい。
それは最後の最後の手段だ。
星に降り立ってまだ日が浅い今、
我々の行動すべてが今後の前例となりうる。
その気がなくとも、
前例を作れば未来の軍事独裁を招きかねない。」
「そうなりゃあ、暗黒時代に逆戻りだ。
……この星に
逃れてきた意味がなくなっちまう。」
「うむ、その通り。
だから、まずは張り紙を出して、
志願者を募ろうと思う。
それで、あー、
君たち二人も、身近に
心当たりの人物がいれば、
声をかけてみてほしい。
……特に、モナ君。
君には、頼んだよ。」
ハセガワ船長は明らかに含みを持たせて
そんなことを言う……。
いやー、どうだろう。
うーん……。言うだけ言ってみるかぁ。
多分無理だけど。