序章2話
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昇天歴285年 宇宙標準暦でユニコーンの月
5日 89時54分
役職:機動防衛隊 少佐
種族:エンジェル
氏名:ヒイロ クレメンス
自伝『還えるべき星を殺した人々の翼』より抜粋
隊員たちの不満は、募っていくばかりだった。
時刻はすっかり90時に近づき、
人々は眠りの床につき、
ロボット達は充填ポッドに入り、
大人しくしている頃だ。
しかし、
我々はまだ帰投するわけには行かなかった。
時として軍属には、休めない事態がある。
「ねぇー隊長ー、もういいんじゃない?
通常警邏の終了時刻を
15時間も過ぎてるのよー?
こんな空っぽの宇宙空間で、
何の危険があるっていうのよー!」
コックピットのスピーカーから、
隊員の少女が無線してきた。
「あら?胡桃沢さん、知らなかったんですか?
このあたりの深宇宙には
巨大なタコの怪物が潜んでいて、
時折人間の船を襲うんですよ?」
「なにそれ、こわーっ!?」
胡桃沢機の進路が乱れる。見ると、彼女の乗る
『 グレーターデーモン 』の凶悪そうな
鉤爪のついた手を、ワタワタと動かしていた。
相変わらず、器用なものだな。
「おい、ラファエルー、
変なウソついて、
クルミちゃんをいじめるなよー。
また本気で信じちゃうぞー?」
「まぁ、ごめんなさい。そうですよね。
一人でおトイレに
いけなくなったら大変ですものね?」
「なによー!
トイレくらい、一人でいけるわよー!!」
パイロットシートの耳元のスピーカーから
かましい部下たちの漫才が続く。
元気そうでなによりだ。
なにせ、長い夜はまだ始まったばかりだ。
幾億もの恒星の光がひしめく
明るい銀河の重力中心。
その正反対方向、
つまり銀河の辺境を向く方角は、
比較的、星の光が少ない昏い星空が広がり、
そのどこかに俺達の母星がある。
昏い星空を切り裂いて、
星空を進む巨大な構造物がある。
シロナガスクジラを思わせる楕円体の外形。
魔道機関部と呼ばれるそれを中軸に、
24輪の六角形のリングが纏わって、
ゆるやかに回転することで
疑似重力を生み出している。
それぞれの居住リングの中には
数万人の民間人が生活を営むのだから、
スケール感の惑う宇宙空間の中でも
その巨大さは容易にうかがい知れる。
恒星間入植船『 ドワーブンセトラー 』
人類史上最も巨大な宇宙船であり、
我々、機動防衛隊の護送対象である。
楕円体の魔導機関部の先端、
つまり、第一居住リングの前方には、
Yの字型に3本の巨大なパネルが
取り付けられているが、それは、
宇宙コロニーによくあるような
ソーラーパネルではなく、
本星より照射される
魔法の風を受けるためのマナセイルである。
母星からうちだされた
この超合金製のわたげを、無事、何事もなく
目的地である原始惑星『HAB-87321』へと
送り届けることが、我々の任務だ。
「……3人とも聞いてくれ。
我々はこれから夜通しで警邏任務にあたる。」
「はぁーー!?何なのよそれ!?
もう3日連続じゃない!?」
最早怒気を隠そうともしなくなった
胡桃沢の高い声が耳につんざいた。
「ひえぇー、たいちょー、本気かよ…
この職場、ブラックすぎ……
とほほ、
なんで機動防衛隊になんて
入っちゃったんだろ……」
モリクマの声も憔悴している。
そして、3人はやるせなく黙り込む。
部下達の不満は分かる。
胡桃沢の言う通り、我が隊はこの三日間、
短い睡眠時間を除いては、
この人型機動兵器
ウェアラブル・モービルを操縦して
入植船『ドワーブンセトラー』の
警邏任務に当たりっぱなしだ。
「……ヒイロさん、
さすがに何か説明が欲しいのですが」
「説明はできない」
「たぁーーっ!またそれだよ!」
モリクマ機の進路が乱れる。
彼女の乗る、『 アルファプライム 』は
いらただしそうにその毛皮をかきむしり、
噴出剤を撒き散らしてぐるぐると回転した。
「やめろ。
モリクマ。スラスター材の無駄だ。」
「だってよぉー、隊長ー……。」
「どーせまた、
長年の軍属としての勘だとか、
そういうのでしょー?」
「………。」
ラファエルの『 アークエンジェル 』は、
他の二人と違い不満を行動に表して
スラスター剤を浪費したりはしてないが、
機体の背中から生えている三対六枚の羽根が、
青白い燐光にひかり輝いている。
これは相当怒っている証拠だ。
「……規則にがんじがらめの我々が、
効果的に その使命を果たすためには、
時として方便が必要なことは分かります。
この通信も、
公務中の軌道も記録されていますし。
しかし、ヒイロさん。我々だって人間なんです。
理由も分からずただ酷使されるなんて、
ロボットのような扱いをされては
納得できません!」
「あー!ラファエルー!
その発言、ロボット差別になるわよ!
いけないんだー!」
「……知性に貧しい
胡桃沢さんは黙っててください!」
「ひどっ!!」
「………。」
俺は、カメラモニターの倍率をいじり、
前方の宇宙空間を拡大する。
漆黒を彩る星空に、小さな青い点が映り出て、
さらに拡大するとそれは青い円となる。
円が大きくなると、その中は白と緑と青の模様で
彩られていることに気づく。
ついには、入植船が目指す
原始惑星『HAB-87321』の大陸が映し出される。
『入植船』の最終目的地であり、
そこは、人類の新天地だ。
到着予定日時はきっちり2週間後。
我々の長きに渡る
警護任務は終わりに近づいていた。
「……我々は既に、
入植星の重力圏内に居る。
ブリーフィングで説明した通り、
ここ数日間、入植船の周りには
不審な船影が絶えない。」
「はいはーい!でもそれって、
フライイング組の船って話でしょ?
他の人より先に入植星に到着して、
先行利益を確保したいっていう。
民間の船なんだから、
私達には取り締まれないのよねー?」
「そーだよ隊長。
自由市民の彼らの行動を、
機動防衛隊が理由もなく
妨害するわけにはいかない。
彼らの危険は自己責任で、
我々の管轄外だって
言ってたじゃないか。」
「ああ、
そのような無辜な市民の船には
干渉する必要性はない。」
「……無辜な市民の船、ですか?
つまり…無辜ではない船が
その中に紛れていると?」
話を飲み込めてきたのか
ラファエルの声色は平静に戻っていた。
「はぁ?なによそれ。
……テロリストかなんかが
どさくさで降下してるってこと?」
「その問いに明確な答えを
返すことはできない。
……確かな情報ではないんでな。
しかし、何かが起きるとすれば、
惑星重力圏へ到達した今……。」
その時、
映像に拡大した青く光る原始惑星を背景に、
小さな何かが動いているのが見えた。
「……
……ラファエル。
水平に84時の方向。何か見えるか?」
「えっ? はい、あれは……
なんでしょう?」
「彗星じゃない?」
「彗星にしては小さいですし、
事前の惑星探査に送り込まれた
無人プローブの残骸にも思えますが…
シグナルに応答ありませんし…
いや、あの形は……
もしかして……人?」
「人ぉ!?おいおい、本当に!?」
「どひーっ!真空中に、人って。
ほ、ほとけさんかしら!?」
「……いや、手足が動いている。
ピンピンしているようだ。
だが、宇宙服を着ているようには
みえないな……。」
「人間が真空中を宇宙服なしで
動けるわけないよなぁ……。
てことは、……ロボットってこと?」
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「いやー、ホントー、助かりマシター!
一時はどーなることかとー!」
宇宙空間を漂っていたところを救助されたのは、
背丈は150cm程度のロボット少女。
ダークブラウンの瞳にくせのない長髪の金髪。
見た目には、15,6と言ったところだが、
ロボットなので正確な稼働年数は分からない。
昇天歴が定められる少し前に起きた
最終戦争によって、滅びた人種、
その金髪を模したもので、
ロボット達は特別な事情が無い限り
金髪と定められていた。
「大感謝デース!」
「うわっと!
たはは、この中、狭いんだから
抱きつかないでくれよなー!」
収容されたロボットの少女は、
モリクマの『 アルファプライム 』の
コックピットに収容されていた。
ライカンスロープのモリクマであれば、
万が一、このロボットが何者であっても
力負けしないだろうという判断からだ。
「モリクマ、次は放射線テストだ。」
「あいよー。」
モリクマ機から、
少女の衣服に残留した
宇宙放射線の痕跡のデータが送られてくる。
それほど長期間、宇宙放射線環境下に
露暴されていたわけではないようだが。
「ラファエル、識別はまだ済まないか。」
「はい。戸籍登録のある人間ならば、
すぐ済むのですが、なにせロボットは
製造証明をかなり遡って
照合することになりますから。」
「……それで?
君は……カレンと言ったな?
カレンは、どうしてあんなふうに
宇宙空間を漂っていたんだ。
もう一度、教えてくれないか。」
「また説明するデスかー!? めんどくさーい!」
「こらー!態度を改めることね!
あなたにはなんかこー、
色々な嫌疑がかかってるんだからねー!
返答次第じゃあ、
どうかなるのかもしれないのよー!?」
「エーっ!? どうかなるって、
なんでデスかそれ! こわーい!」
「あはは、私には
全然怖がってるようには見えないけどなー」
モリクマのいうとおり、
機動防衛隊の詰問を受けてこの余裕の態度。
民間人にしては肝が据わりすぎている
……ようにも見受けられるが。
「……とにかく、もう一度頼む。
報告書を作るために、
詳細を詰めておきたいんだ。」
「うー、仕方ナーイですネー!」
カレンと名乗った少女は、
ロボットであること象徴する、その滑らかで
美しい金髪をさらりとかきあげると、
同じ話をしはじめた。
「ワタシは、モトモト、
本星のお花屋さんでハタらくロボットデシタ。
植物のお世話が得意とイーウこトーデ、
入植船の公園の管理員として
スカウトされてー、
このコロニィシップにのってたデース。
そしたら、クカクチョーが、
あ、クカクチョーっていうのは
ワタシの上司ですネ。
早いもの勝ちダー!って、
ダレよりも先に
あの星に降りるーっていって、
いいだしてー、
オマエもついてコーイ!って、
連れてかれたデース!そしたら……」
「実際に密輸船に乗ってみたら
重量オーバーになったから、
ロボットのカレンが
宇宙空間に捨てられたって?
ひっどいやつだなー、
そのクカクチョーってやつは!」
「そーなんでぇーす!
ひどいクカクチョーなのデェス!
重量オーバーなんて、
そんなハズないデス!
私、別に重くナイのにぃー!」
「いや、はは、
膝の上にのせてると、
結構重いけどなー」
「ムッ…」
身体の各所に魔法合金を使われている
ロボットの重量は、一般的に
我々、有機生命よりも大分重い。
華奢に見えるカレンの身体でも
ゆうに100kgを超えているだろう。
それが事実だろうと指摘されれば
心穏やかでないのが乙女心なのだろう。
カレンは、一瞬ムッとした表情をしたが
すぐに気を取り直して
目尻にわざとらしい涙を浮かべ直した。
「…とにかく、
そんなカンジでウチューに捨てられたデス!
そしてカレンは、
寒い宇宙で一人きり…オヨヨヨ……」
「なによ、そのオヨヨヨって」
「これはかわいそうなカレンが
泣いてる音デース!
オヨヨヨ……」
「……ヒイロさん、どう思います?」
カレンは涙で目を潤ませ、
カメラ越しに上目遣いでこちらを見つめてきた。
憐憫を誘うその態度が、逆にどこかしらじらしい。
「……公園の管理していたというのは、
区画公園の管理員ということだな?
どこの管区の所属だ。」
「えっ、えぇと、13管区でーすっ!」
「へぇー、13管区か!
奇遇だなー!」
「へっ?」
「ん?どうした。モリクマ。」
「いやなぁ、
12管区で友達の友達のロボットが
公園の管理員やってるんだ。
そのお隣だなと思ってさぁ。」
「エッ。」
「ほう。それは本当か。」
偶然だが、好都合だ。
それを利用して、
かまをかけてみるとしよう。
「カレンが13管区で働いていたのなら、
隣接した12管区の管理員とは
顔見知りのはずだな。
……そのロボットの名前を
答えてもらおうか。」
「え”っ!? え、えーと……」
「……どうした。答えられないのか?」
「ああ、アリス・ゴールトンっていうんだ。
シノの友達でなー。」
「エッ!」
………。なぜ、お前が答える。
モリクマ。
「ばか!
あんたが答えてどうすんのよ!」
「へ?」
胡桃沢には珍しく、
もっともな突っ込みを入れた。
余り偏見でものを言うのはよろしくないが、
ライカンスロープという種族は
時々どこか、抜けているのだ。
「えーっ!? アリス・ゴールトン!?
アリスが、『ドワーブンセトラー』に
乗船していたんデスか!?」
しかし、カレンが声をあげたことで、
モリクマの失態はなかったこととなった。
「会いたいデス!
一体、どこで会えるんデスか!?
あ、カレンだって伝えてくれれば、
多分わかると思うデース!」
満面の笑みをキラキラさせたカレン。
だが、一同は静まり返った我々の様子を見て
その笑顔は固まっていくこととなった。
「………」
「あれっ…どうかしました?
みんな、なんで黙ってるデス?」
「ラファエル。説明してやれ。」
「えぇと、カレンさん?
あなたが本当に13管区で
働いているロボットだとしたら、
アリスというロボットが
12管区で働いていることを
知ってなければおかしいんです。
隣接区画は業務が連携してますから」
「……」
「先程の反応を見る限り、
あなたは確かにアリスという名前に
覚えがあるようですが…
12管区で働いていたことは
知らなかったようですね?
それはあなたの先ほどの説明と
矛盾していますよね。」
「……あ、エェート……」
「ごめんなー。
引っ掛けみたいなことして。」
懇切丁寧な説明で
カレンはようやく自体を理解したのか
態度が目に見えてあたふたしはじめる。
「ヤバっ……、じゃ、じゃなくて……
あー、アリスねー、知ってるデスよ。
隣の管区で働いててー」
「そうですねぇ。
さっきそうやって、しらを切っておけば
良かったですねぇ。」
「あーっはっは!よくわかんないけど、
このロボット、ボロを出したのね!
本部で尋問!連行よー!レンコー!!」
「エ、エーー!?ジ、ジンモン!?」
テロリストと断定するにはまだ早いが、
何かを隠しているのは間違いないようだ。
「こらこらクルミちゃん。
尋問は大げさだろー。
安心しな、カレン。
ちょっと署でお話を聞くだけだから。」
「ソレ知ってマス!カツどんとか出てきて
ジハクキョーヨーされるやつデス!」
「……モリクマ
その娘を連れて、先に本部に帰投していろ。
独房に入れる必要はないが、
十分気を付けるように。
……今の情勢では
ロボットには疑う余地が大きい。」
「へーい。じゃ、悪いけど、
拘束させてもらうよ。」
「わ、わわわー、待ってクダ……」
モリクマは、同乗しているカレンに
若干申し訳なさそうに手錠をかけると
参考人として本部に連行するために、
ウェアラブル・モービルの
針路を、入植船に向け始めた。
その、次の瞬間である。
とてつもないことが起きた。
「おわぁーー!?
なんだありぁーっ!?」
「ぎにゃーー!!」
「……!?」
まず絶叫を発したのは、
モリクマとカレンだった、
パイロットシートの耳元にある
スピーカーから
二人のかん高い声が吐き出され
俺のコックピットの中で反響する。
その音に耳をつんざかれながら、
俺の機体、『フリーダムウィング』の
頭を操作して、メインカメラで
モリクマ機の視線の先を確認する。
そして、ようやく、
何が起きているのか理解することとなった。
「うそー!?なによあれ!」
「ヒイロさん、入植船が!」
「……ああ、
こちらでも確認している。」
[[ ビィーーーッ! ]]
[[ ビィーーーッ! ]]
[[ ビィーーーッ! ]]
[[ 衝突警報! ]]
[[ 衝突警報! ]]
[[ 至急回避機動をとってください! ]]
乗員50万人を誇る
大規模入植船『 ドワーブンセトラー 』。
その巨大な船体のあちこちから
巨大な閃光と火柱があがっていたのだ。
音はない。
宇宙空間の真空で伝わるのは、光だけ
だが、迫力は十分だ。
なにせ、人々が暮らす24輪の居住リング。
その六角形の辺と辺をつなぐ、
頂点である連絡通路部分。
その全てから白熱色に輝く、閃光が溢れ
ジョイントを溶断して、
居住リングをバラバラにしていたのだ。
六角形の居住リングは
疑似重力を生み出すため、
魔道機関を軸に回転している。
その上で、六角形は頂点で切断されて
連結を失い、居住区画の入った各辺は、
バラバラに切り離され、
遠心力と慣性の法則に従って、
中軸になる魔道機関の船本体から
遠ざかっていった。
そうなると、つまり……。
「隊長ぉーー!!??
船が、爆発してるわよーー!?」
「……これ、現実ですか?」
「まずいぞ、たいちょー!
このままじゃ…」
「……ああ、居住区が……。
惑星に降下してしまう。」
入植船は既に惑星重力圏内にいた。
つまり、バラバラに切り離された
個々の居住区は、
重力にひかれて、入植星へと
自由落下の軌道を取ることになる。
各居住ブロックには、
十分な数の降下艇が備え付けられている。
居住区が惑星に落ちて燃え尽きる前に
脱出することはできるだろう。
だが、このままでは……。
多くの一般市民たちが無防備のまま、
未知の惑星に降り立つことになる!
しかし…
「ただの爆発事故ではない。
事前に綿密な計画がなければ、
こんなことは……。」
「それよりヒイロさん!
民間人の救護を!」
「……いや、下手に干渉するのは危険だ。
各ブロックのシステムは生きている。
それぞれの居住区には、
戦艦を超える容量のバリアシールドが…」
[[ ボウッッッ ]]
新たな音無き閃光が
我々のモニターを真っ白に染め上げる。
今度は、入植船の機関部。
『ドワーブンセトラー』の
中心軸が、大爆発した。
巨大な楕円体の魔導機関が
二つ折りになってひしゃげ、
それぞれが自由回転して
破片をまき散らし始めた。
これは非常に危険だ。
「至近距離だ。
ここには残骸が流れてくる。
全機、回避機動を取れ!」