序章1話
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昇天歴285年 宇宙標準暦でユニコーンの月
3日 34時85分
役職:第12管区 環境保全委員
種族:ロボット
氏名:アリス ゴールトン
入植船『ドワーブンセトラー』で書かれた日記
33時を過ぎると、
第12メインデッキの公園は、
ふだんの賑わいを取り戻しはじめる。
眠ることが必要なひとびとが、
寝ぼけまなこをこすりつつ、
部屋から起きてきて、ランニングを始めたり、
犬の散歩に来たり、お友達に会いにきたり……
そんなみんなは、知らないの。
ここに、とても寂しい時間があったということ。
遠窓から覗く、宇宙の星々の光以外には、
だぁれもいない真っ暗な世界。
わたし達ロボットは、夜の間もずっと起きてる。
うぅん、昼の間も寝ているの。
起きながら寝てるから、
ずっと起きてるのと同じ。
夜の公園では、風がつよく吹いて、
木々が花々がよくざわめく。
びゅぅー、びゅぅー、ざわざわ
風に誘われた人工池のさざ波が、
水に沈む、遠い恒星たちの世界に
いたずらをして、ゆらゆらと、
惑わう星々がいつのまにかにダンスを踏む。
それはとっても幻想的。
風が強いのは、みんなが眠っているうちに、
空気の入れ替えをするからだって。
夜が明け太陽役の明かりが、
公園の部屋を照らし始めたとき、
わたしはベンチに座っていた。
そこにはきっと、作り立ての新鮮な空気。
鳥かごが開いて、小鳥たちが飛び立ち歌を歌う。
さっきまでの暗闇などなかったかのよう。
心地の良いそよ風に撫でられて、
右に、左に、ゆらり、ゆらり、
陽を待ちわびていた花々が、
ニコニコとほほ笑えんでいる。
露に濡れたその姿を見て、
わたしも不意に笑顔が戻ってくる。
長い長い、ひとりぼっちの夜が明けて、
もうすぐシノがやってくる。
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昇天歴285年 宇宙標準暦でユニコーンの月
3日 32時15分
役職:ロボット整備兵
種族:ヒューマン
氏名:ハセガワ シノ
勤怠管理用アクションカメラ
AI認識による文字書き起こし)
年頃の少女の部屋。
棚にはロボット美少女のフィギュアが立ち並ぶ。
すべて金髪。
夜が終わり、
部屋の窓から疑似日光が照射され始める。
ピピピピピピピピッ!!
「あっ!朝ですっ!」
カチッ!!
「………むにゃ」
ぱたんっ
黒髪の少女は、一度は寝床から身を起こす、
が、数秒後に再就寝。
寝返りをうつ。
可愛らしく凝った刺繍のパジャマの裾から、
小さな足の裏が覗く。
再度寝返り。
パジャマとは対称的に、素朴な顔立ち。
幼さを思わせるオカッパの黒髪。
人物照合 ・ ・ ・
該当者一名:ロボット整備兵 ハセガワ シノ
「むにゃむにゃ……」
ピピピピピピピピッ!!
「………」
カチッ!!
目覚まし時計が鳴り、シノが音を止める。
再度、上体を起こし、
目をこすりながら時計の針を確認する。
「……あっ!遅刻ですっ!」
栗色の大きな目を丸くすると、
ようやく本当に目を覚ましたようで、
ベットから飛び降りる。
どたばたと洗面所へ。
歯を磨く音。
布擦れのする音。
几帳面に服をたたむ音。
どたばたと冷蔵庫へ。
作り置きしてあったサンドウィッチを手に取る。
「あうぅー…どうしてぇー!?
目覚ましかけたのにぃー!」
慌ただしい朝にも慣れた様子で、
手早く支度を済ませると、
シノブは小洒落たカバンを背負い、
どたばたと部屋の外に出ていく。
「いってきまーすっ!」
タッタッタッタ……
数分の静寂。誰も居なくなった部屋。
……タッタッタッタ
「た、ただいまぁー!」
シノが部屋に再入室。
当機(勤怠管理用アクションカメラ)
をつかむと、紐を首にかけて、
胸元にぶら下げた。
「わ、わすれるところでしたー!」
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昇天歴285年 宇宙標準暦でユニコーンの月
3日 35時40分
役職:ロボット整備兵
種族:ヒューマン
氏名:ハセガワ シノ
勤怠管理用アクションカメラ
(AI認識による文字書き起こし)
「アリスぅー!!」
「あっ、シノぉー!!」
シノと、もう一人の少女の声。
当機の映像は激しく上下に揺れる。
シノが手を振っていると思われる。
芝生。花壇。ベンチ。ここは公園。
かなり小柄で、まばゆい金髪の少女が、
両手を広げて、満面の笑みを浮かべ、
シノを歓迎しようとしている。
シノは同じように両手を広げ、
金髪の少女の胸に飛び込む。
「アリスぅぅーー!!」
「シノぉーー……あいたっ!」
[[ かきぃんっ! ]]
ハグの瞬間、
シノブの胸元でバウンドしていた当機が、
金髪の少女の頭に激突して、鋭い音を立てる。
「ごっ、ごめんなさい、アリス!
壊れませんでしたか!?」
「うぅ……。うぅん、だいじょうぶ。
そんなに、強く当たらなかったから…。
それに……」
うずくまり、
頭をおさえていたアリスが顔をあげる。
頬をほんのり上気させて、
シノブに真っすぐ微笑みかける。
「壊れたら、シノが直してくれるもんね!」
しかし、痛かったのだろう。
目じりには涙が浮かんでいる。
「はわぁ……。」
アリスの笑顔に見惚れて、
数秒間硬直するシノ。
急に、がばっと動き出すと、
アリスの両手を強く握る。
「任せてください!
アリスがどんなになったって、
絶対に、わたしがなおしてあげます!」
「あはは、
そんなにはならないから大丈夫だよー」
幸せそうに微笑むアリスが、
先ほど頭をぶつけた当機に気づく。
「ところで、首にぶらさげてる、
それ、なぁに?
綺麗な水晶玉だけど……
ペンダントにしては大きいね。」
「そうなんですよー……
こんなの、ずっと首にぶらさげてると、
やりずらくって。」
「ふぅん?」
シノは、首から当機は取り外そうとする。
画面は上下左右に揺れる。
芝生、街路樹、ベンチ、人工池、ちょうちょ、
青空が映し出された全天スクリーン。
おしゃれなワンピースに身を包んだシノ。
そして、幼い金髪碧眼のロボット少女の
物珍しそうな顔が画面いっぱいに映し出される。
「……なんだか、
カメラのレンズみたいになってるね。」
「これはですね、
全方位を自動撮影しつづける
ビデオカメラらしいんです。
私が、お仕事を
さぼってないか確認するための。
おじいちゃんが、
これをつけて仕事をしなさいって……」
「えぇー!シノのお爺さんが、
シノのこと見張ってるの!?
そんなの、女の子なのに、
厳しすぎるよー!」
「そうなんですよ! ひどいですよね!
わたしが、アリスに会いにいって
仕事さぼるからだって!
そんなのいいがかりです!」
「え……。仕事を……?
あれ……そ、そういえばシノ……。
今は、休憩中?」
「うぅん!お仕事中ですよ!」
「全然いいがかりじゃなかった!!」
目をバッテンにしてショックを受けるアリス。
不安そうに上目遣いでシノを見上げる。
「お仕事ほったらかすのはダメだよぉ…。
ここに居て大丈夫なの…?シノ……」
「平気ですよ!
今朝は特にやることもないですし!」
誇らしげに胸をドーンと叩くシノ。
「大体わたしは、このカメラを
身に着けることには
同意しましたが、
アリスに会いに行かないとは
約束していません!
だから、約束をやぶってはいません!
だいじょうぶ!」
「えーと。うぅーん……。
……そっかぁ!それならだいじょうぶだね!」
「そうです!」
「シノ、すごい!」
「えへへ、アリスもすごいですよ」
「どういうところが?」
アリスの頭を撫でるシノ。
「頭がとっても丈夫なところとか!」
「あはは、そんなのうれしくないよぉー!」
「ふふ、ごめんなさい。
でも、それだけじゃないですよ。
丈夫なだけじゃなくて、
頭もいいし、
かわいいし…
あとは…」
シノは満面の笑みで言い放つ。
「可愛い金髪!!」
「もぉー、シノったら、
いつもそれなんだからー!」