酒に映る月 【月夜譚No.266】
酒に映った満月を飲み干す。いつもと同じ酒なはずなのに、それだけでいつもより旨いと感じるのだから、不思議なものだ。
夜の縁側は静けさに満ちている。時折、庭木が風に戦ぐ音が耳を掠める程度だ。だからといって淋しさや恐怖感はなく、心地良い静寂にただ身を預ける。
今日は特段疲れたわけではない。けれど一日を過ごした疲労というものは多少なりともあるわけで、そういった身体の重みのようなものが夜闇と月光に溶けていくような感覚がする。
眩しいくらいの満月が、地上を見下ろしている。あれが自ら発光しているのではないと知った時は、驚いたものだ。まるで作りもののように明るい月に手が届きそうなのに、実際は遥か彼方に存在する。
月というものは、今も昔も人間を魅了してやまない。不思議に満ちた天体は、これからもそこにあり続けるのだろう。
男はふうと息を吐き、酒の瓶を片手に立ち上がった。
次の満月にはまた旨い酒を飲もうと決めながら、就寝の準備を始める。