声は風の音でしかない
今日の獅子座の運勢は、朝の情報バラエティ番組で言うには1番運勢が良かった。
その星占いを信じるなら、自分のホロスコープ情報を思い出し、どの星座が自分の運勢のナニを司ってるのかを意識するべきであって、1番悪い運勢が自分の対人運である事に気がつくべきだった。
どこの県にも複数人居すぎそうな名前の教師が不祥事を起こしたと、母が運転する車のカーラジオが淡々と告げて登校したのが予兆であった。
たいして生徒に好かれていない平凡な名前の夢見る乙女の音楽教師が休んだとホームルームでの連絡があり、地味美女お嬢様の……一部で鬼過ぎて運動部の顧問を降ろされたとの噂もあるけど……世界史教師が本日の音楽教師の代打との通知が、戦場で親友になった仲間が惨殺される背中を見つめる気配を滲ませる担任教師から連絡があったのが地獄の幕開けだった。
数ヶ月後の音楽コンクールはなんか盛り上がる歌を歌おうというぽやぽやしたノリで、音楽コンクールというのは学校1位になったとしても市内のイベントホールで市内行事で発表するだけで終わると高をくくっていた私達は、人気競技のスタープレーヤーと五輪選手を両親に持つアスリート家系の燃える闘魂を甘くというより、全く意識してなかった。
本日最初にある音楽の授業はだいたい発声練習をした後、平凡すぎる名前の教師の知能指数を疑いたくなるフワフワで甘々な、恋愛話とクズなニート不倫生活への将来展望を聞き流した後、小学生レベルのリコーダーの練習を1、2回して終わる展開だったので、クラスメート達は、地味お嬢様先生の家族への質問をしようとフワフワな空気で音楽室へと向かったら様子が変だった。
幼い頃からピアノ習ってる組の様子が音楽室から漏れてくるピアノを聞いて変わった。
軽やかに軽々と弾いているのがわかる綺麗なピアノ曲が、超絶技巧な練習曲でノーミスな上にかなり上手だと言う。
生徒より先に音楽室に来ていた地味お嬢様先生は、 いつものようでいて、何故か背中に般若のイマジナリーを背負っていた。
後で思えばそれが最終通告であり、逃げる最後のタイミングだった。
そして地獄が幕開けた。
発声練習でため息をつかれ。外国語で歌詞が書かれた楽譜を配られ、その音楽コンクール用の歌詞の発音を今月中に完璧にしろと告げられた後に、私達が音楽記号ってなんですか? な知識層が大半である事を知って呪詛を吐き、阿修羅と羅刹と不動明王を背負った魔王が私達に音楽記号の小テストを行い、全員に居残りを命じた。
夜9時過ぎまで居残りとなりました。本日音楽の授業があった生徒全員が。
さすがに校長先生と理事長と教育委員会の教育長が生徒を帰すようにと地味お嬢様先生に言ってたけど、真っ先に泣かされて保健の先生と独身の先生達によしよしされてる教頭先生よりも音楽コンクール優勝定番校を引きずり落としたい恐怖の魔王にメンタルボッコボコにされてた。
いや、あの平凡な名前の夢見るクソ音楽教師なにやらかしたんだよ?
教育指導要項を全く熟してない上に、良家の男子生徒と肉体関係結ぼうとして撃沈しまくっていたのは察してるけど。
こんなに疲れる事は、生まれてから1度も無かったと思う。頭が疲れて痺れてる。甘いものが早急に必要なはず。
こんな夜遅くて疲れてる時は、不審者すら恐がって近づかない廃病院の近くを通って帰るに限る。
ナトリウム街灯のオレンジ色の灯りがなんとか届く薄暗い病院の見た目がまず恐い。私が生まれる前に死んだ院長の高級車が放置されてて恐い。割れてない窓から誰かが覗いていても「ああ幽霊だな」で納得する。
逆に廃病院内で自殺した人の死体だったら恐いって。
死体があるとしたら。錆びて壊れている階段を登って、日陰だからか色褪せてない『監視中』の古い貼り紙を通り過ぎて木製の裏口ドアをピッキングで開けて中へと侵入するはず。
病院正面入口は、板が厳重に打ち付けられているから多分侵入しない。
この先の私有地を抜けた先が警察署長愛人のコンビニ店員さんの家だし。
うん。警察署長が用もないのにこの辺りをウロウロしたり、警察署長の奥さんがコンビニ店員さんの家に入り浸っていたりするから、 不審者は別の意味で恐くて近づかない。
コンビニ店員さんの同居中の家族がジャーマンシェパードを多頭飼いしてて、警察署長の奥さんがその賢いシェパードちゃん達にメロメロで散歩しまくってて……まあ、その警察署長の奥さんが地味お嬢様先生のお姉さんで、警察署長が浮気でコンビニ店員さんを泣かした時に、警察署長やその下の嫌々出動させられた警察官を柔道と空手で沈めた体力お化けなんだけどね。
そんなワケで女子の夜間帰宅には向いてなさそうだけど、安全性は折り紙つきな夜道をザクザク歩く。
そういえば車で行ける範囲の山の中の廃墟化したラブホテルの中でホームレスが首吊したって、都市伝説があったな。
「ラブホテルって、風俗嬢とかデリヘル嬢が仕事で使うから生き霊が居座ってそうで愉快だよな」
ああいう職業の人って、知能的に問題があったり精神疾患にかかっていたり、おクスリキメてたりで幻覚を見たり、3つの点などが人の顔に見えるシミュラクラ現象を幽霊だと思い込んだりで普通の人より自称で霊感が強そうなんだよね。
まあ、その情報が書いていたSNSガセッターの使用者は、確実にメンヘラだけど。
鼻歌でお化けを恐がる童謡を歌いながら、廃病院が見える地点にさしかかる。
「本当にお化けが……」
本当に幽霊が出てきたら、幽霊の首にカッターナイフを突きつけてポケットを漁っても幽霊に人権がないから合法だし、公園に居そうな全裸コートのおじさんにお菓子代と引き換えに貞操を好きにさせても合法だし、銀行金庫からお菓子代+有り金と証券と貴金属全て盗ませても合法だ。
「早く出てこい幽霊」
お腹空いた。お菓子とケーキとフルーツタルトとメロンの中に入ったホールケーキ食べたい。
幽霊を捕獲したら金にして、コンビニケーキを買って食べてやる!
廃病院の医院長は病死した。愛人の婦長は首吊り自殺した。それらは廃病院の医院長の妻が長年不倫関係に悩んだ末に爛れた関係の医院長と婦長を呪ったせいだと、パチンコ屋から出てきたその医院長奥さんが抱える紙袋の中のお菓子を、公園で遊んでいた園児だった頃の私達に配りながら、カラカラと笑って公園に居たお母さん達に言っていたっけ。
その事を親に話したら、親は深いため息をついて「悪口や噂話は言ったらダメって事だよ」と言ったな。
今思うと噂話をしていたら、紙袋を抱えた呪ったとされている御当人登場だもん。これは確かに恐い。
廃病院の医院長は本来心臓薬なのに下半身に効果が出る薬を学会開催先近くのホテルで飲み過ぎて亡くなった。婦長はクズい男に結婚をチラつかされて、蓄えを全部貸したら平凡過ぎる名前のクズい男は女学生と豪遊したのが新聞沙汰になって…婦長は今じゃ介護会社の取締役をやって、院長妻とパチ友らしい。
これがご当地怪談の真相。
「なんか悲愴感と恐怖感が全く無い」
ついでにクズい男と謹慎処分中の音楽教師が血族な気がしてきた。あの女なら同じ事するな。宣言してたし。
ちらりと廃病院を見上げる。
なんとなく鞄に付けていた小型LEDライトを取り出して、顎先から額に向けて自分の顔を照らす。
なんか音がした気がした。
まあいいや。とりあえずスマフォで廃病院を背景に自撮りする。
うん、ごく普通に余り恐くないホラー写真だ。
そういえばと持っていたミント味ののど飴を口に入れて、半透明な小袋を小型LED にかぶせて青いライトにしてみた。
こっちの方がナイスホラーだ。
ウキウキした気分で、パキパキ、パキパキと風化して散っていたペットボトルのプラスチックが砕ける足音をさせて廃病院を周回する事にした。
ヘアゴムで束ねていた髪をほどいてバサバサにして、和製ホラー映画に出てきそうな幽霊ヘアーにして、自撮り。
自撮り。
制服を後ろ前に回して着てのけぞって自撮り。
落ちてた警棒を握り振りかざすスタイルで自撮り。
浮遊霊と3人でギャルギャルチェケラッ☆に自撮り。
乾いたコンクリートの上にあるボロボロの高級車にレースクイーン風にもたれる浮遊霊2人を飲み込もうとする巨人風な私とで自撮り。
付き合ってくれてありがとうと浮遊霊とお別れをして、SNSのガセッターに自撮りをアップして、今度はリアルタイム動画配信で二周目を開始。
「今晩わ。永遠のセックスシンボル大女優です。お暑いのは好きですか?
私は大嫌いです」
そんな感じに実況してると、また男の悲鳴のような何かが聞こえた。
あたりをスマフォごと見回しても誰もいない。
廃病院の4階の窓の向こう側を昔のワンピース型のナース服にナースキャップを身に着けた淡く光る女性が通過していっただけで、何も不審な人はいない。
「なんで病院に出る幽霊って昔のドラマの再放送な制服を着ているのですかね?」
視聴者のいない配信はなんの反応もない。
虚しい。
パキパキとプラスチックの破片を踏んで歩く。
二十四時間監視中の貼り紙近くのカメラの前で、今週から大ヒットしたアニメソングを振り付けつきでノリノリに踊りながら歌ったら。『耳が腐る』とか『全裸で踊れよブス』との失礼なコメントが入ってすぐに視聴者が消えた。
「やる気無くすわ」
乗ったら倒れそうな錆び錆び鉄の階段。朽ちた高級車が放置されたカーポートは、先ほど浮遊霊と自撮りした時と代わりがないけど、車と乾いたコンクリートの間に猫すらいない。
「チッ。バズる要素が見つからん」
草むらで年齢指定エロをしている男女を実況中継したら、炎上してインフルエンサーになれるかもしれない!
「結婚したばかりのカマトト女優と可愛いけど性格悪そうな顔のあの女優がそこの草むらでレズってませんかね?
暇なおじさんってさ、そんなの好きでしょ?」
インフルエンサーになってお金がザクザク入って来たら、かわいい子猫を買って動画をあげまくって稼いで、誕生日にホールケーキ買ってホール食いして、スイカも丼食いする。
「メロンの丼食いは腐らせないための作業だけど、スイカの丼食いは、やった事がないから食べたいんだよね」
半分に切ったスイカに食卓塩を振りかけて、カレースプーンで放射線状に並んだ種を避けつつ、大きくくりぬいたスイカにを食べる。
おわかりだろうか?
丼食いで綺麗にくり抜かれたスイカの皮を帽子にすると、どこから見てもアホのコ動画配信者ぽくなる。
ついでにベージュのワンピースの上から金太郎の腹掛けを身に着けると、人気が出そうな気がする!
「出て来い! 芸能人!
現在進行形のリアル不倫!」
草むらをLEDライトで照らしたが何も変わらなかった。
なんとなく草を分けて地面を見たら、ミヤマクワガタをノコギリクワガタが、大嫌い大顎ホールドで胸と腹の境目を切断していた。
「うん。猟奇的殺人事件の犯行現場でしたね。
さてと帰ります。
お別れはおっさんが好きそうな外車の前からにします」
早足でボロボロの車があるカーポートに戻り、なんとなく高級外車の下を照らす。
ポタリ、ポタリと水滴が落ちていた。
「カーエアコン使うと水が出るからそれかな。怪奇現象かと期待して損したわ。
じゃ、またね!」
誰も見てない動画配信だけどな。
「さ、帰るべや」
なぜか北海道弁が出た。しかもおっさん言葉の方の。
「やっしょー、まかしょッ、シャンシャンシャン…これってなんだろな」
花笠音頭のおめでたい歌詞を間違いだらけでくちずさみながら、白い壁が淡いオレンジ色になる道を歩くが、民謡のタイトルが出て来ない。
ふと反響ではない足音がした。
「あ、こんばんわ」
シェパードを多頭飼いしている兄さんが、濃い色のシャツを来て歩いて来ていたので挨拶した。
「今頃塾帰りかい?」
兄さんから生臭いような強い臭いがした。洗濯の部屋干しも生ゴミっぽい臭いになる時があるし、鉄を加工して汗かいたらこんな臭いになるかもしれない。
「いいえ、学校帰りです」
まさか廃病院周りで動画配信していたとは言えない。
ナトリウム街灯は色がわからなくなる。
白い家の壁がオレンジ色になるのはわかるが、赤いポストや紺色のワゴン車が濃い灰色になってしまう。
お兄さんが着ている濡れたシャツも色が濃いのはわかるが、赤なのか緑なのか黒なのかわからない。
「君の家まで離れて後ろを歩くよ」
「ありがとうございます」
会話もなく二人で帰宅し、家の前で礼を言って立ち去るお兄さんの背中を見つめた。
淡いオレンジの背中を、段々と脇の模様が侵食していくように見えたので、疲れていると確信した。
翌朝、廃病院のカーポートに停まっている廃車の下がずぶ濡れだった事に気がついたが何事もなく登校し、後日警察署長が行方不明になった事を知った。
ついでに謹慎処分中の音楽教師も姿を消したので、警察署長と音楽教師が駆け落ちしたのだろうという噂話で盛り上がった。
二人がラブホテルから出た動画を関わったら面倒くさい政党へ送付した人物が誰かは誰も追求しなかったし、警察署長の奥さんがシェパード達にあげているおやつがなんの肉かの解析をする人はいなかった。
田舎のごく普通の日々に居なくなった人がいるだけの話。
七年が経過し、警察署長と音楽教師が死亡した事になった。
それより更に年月が経て、医院長奥さんが亡くなったので廃病院が取り壊しになり、地下室から白骨化した死体が出てきた。
シェパードを多頭飼いしていたあの頃のお兄さんは、「コンテストで優勝するために犬に人肉を与えてました」と証言し、警察署長達を殺した事で死刑になることはなく、その後報道もされる事もなく事件は闇に葬られた。
ただ今でも月極駐車場になったあの廃病院のカーポート跡で陽気に笑っている二人の浮遊霊と、彼女達の母を含めた5人くらいの女性看護師達の地縛霊という地下室から発見された白骨死体の人々は、医院長の女グセの悪さと元婦長のダメンズウォーカーぶりと、音楽教師と警察署長しか殺していないお兄さんとコンビニ店員さんが元病院長の隠し子であることを昼間から陽気に語っているのだ。私の頭の中ではギャルギャルな自撮りをしたあの日の夜から毎日、四六時中だけど。
その噂話を聞きながら歩き飲みする冷えたビールはとっても美味しい。
彼女達七人を殺した犯人?
医院長奥さんと元婦長だってさ。
そして私は、すれ違いざま「いつもここで何人もの女の声がするんだ! お前のせいだろ!」と叫ぶ通り魔に襲われている女性を無視して、手首にかけた袋から次のビールを取り出してプルタブを立てて寝かせる。
通り魔も逃げよう士助けを私に求める女性もうるさい。私は冷たいビールを集中して味わいたいのに。
幽霊達がする噂話が、今包丁で女性を滅多刺ししている男に移った。彼は、元婦長が経営する介護施設に出入りしている業者で、昔殺された主任看護師はそういう堅物男を枕営業に追い込むのが楽しいと笑う。
さ、速く家に帰ろう。ビールとビールに継ぎ足す焼酎が全て無くなる前に。
【おわり】