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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

廃妃エステルの遺書

 愛するフェリクス様



 長々しい挨拶は省略させていただきます。

 あまり時間がないのです。

 

 私が、エール公爵家と共に隣国と内通していた証拠が見つかった頃でしょう。

 もう数刻もしないうちに兵たちが私を捕えにやってきます。

 捕まった後、私がヴィオレットお姉様の罪を捏造したことを証言する証人も現れると思います。

 罪の重さから、最も重い処罰――斬った者が転生することも楽園に行くことも許さないという《滅魂の剣》を使用した処刑となるでしょう。


 貴方に会えるのはこれが最後。

 限られた時間で何が出来るかを考え、遺書を残すことにしました。

 貴方には、私の全てを知っていて貰いたいのです。

 どうか、毒婦からの文だといって焼き捨てず、最後まで目を通していただきますよう、お願い致します。


 初めにお伝えしなければならないのは、私が本当はエール公爵夫人の子ではない、庶子だということです。

 私はエール公爵の婚外子、それも、神官長の娘であり、聖女と謳われたあのアンネマリーを無理やり手に入れた際に産まれた子でした。

 

 貴方もご存知の通り、アンネマリーの生家であるラヴェル家は、旧くは「女神の代行人」とされた由緒正しい家系ですが、世俗の権力は殆ど持っておりません。

 私を産むと同時にアンネマリーが亡くなった際も、エール公爵の罪を告発することはかないませんでした。

 エール公爵家からの多額の寄付金が止まり、各地の教会や孤児院の運営が難しくなることを恐れたのです。


 産まれると同時に母を失った私は、エール公爵家に引き取られ、同時期に死産した公爵夫人の子であるとして育てられました。

 公爵は私にさほど興味がありませんでしたし、公爵夫人からは表立って虐げられたりはしませんでしたが、やはり冷たく当たられました。

 

 元々隣国のローデンヴァルト帝国の皇女であった方ですから、夫が婚外子を儲けていた、というのが許せなかったのかもしれません。

 それに加えて、自らの子を失うと同時にやってきた私生児です。

 公爵夫人の態度も仕方ないものでしょう。

 

 その中で、私の希望は、実母がつけたエステルという名前――星を意味するそうです――と、ヴィオレットお姉様だけでした。

 

 お姉様は私を妹として可愛がってくれました。

 良いことがあれば一緒に喜び、泣いていれば優しく抱きしめてくれました。

 心の拠り所であるお姉様から片時も離れたくなかった私は、お姉様の行くところならどこへでもついて行きました。


 そこでお姉様の婚約者となった貴方に出会ったのです。

 フェリクス様、貴方は当時まだ王太子でしたね。

 貴方もまた、幼き頃から私に優しくしてくれました。

 私への態度が酷いのではないか、と公爵夫人を叱ってくれた時は本当に嬉しかった。

 貴方のおかげで、私は放逐されることなく育つことができたのかもしれません。


 いつからか私は貴方に淡い恋心を抱くようになっていました。

 しかし、貴方はお姉様の婚約者。

 二人の間に燃え盛るような情熱は無くとも、お互いを尊重し、家族のような穏やかな絆があるのを感じておりました。

 そして、それを尊いと思っていたのです。

 だから、この初恋は心の奥底に封じ込め、二人の良き妹であるよう努めました。

 

 二人の結婚式の際には、感極まって思わず涙してしまいました。

 二人があまりに眩しくて。あまりに幸せな光景で。

 いつまでもいつまでも泣く私を見て、お姉様もフェリクス様も、「一体誰の結婚式なんだか」と言って笑いました。


 そして私は、その後すぐ政略結婚の駒として帝国の侯爵家へと嫁ぎました。


 ここまで読んでくれた貴方は、なんのことだ、と首を傾げているでしょうか。

 だって、貴方はお姉様とは婚約破棄し、私と結婚したのだから。

 

 これは貴方の知らない貴方の話です。

 時間の許す限り、全てを書き記しますので、どうか最後までお読みください。

 

 

 

 貴方たちが結婚し、お姉様が王妃となって半年ほど経った頃でしょうか。

 お姉様は懐妊なさり、やがて玉のような王子をお産みになりました。

 シリルと名付けられた王子殿下は、貴方に似た星の煌めきを閉じ込めたような銀髪と、お姉様の穏やかな湖のような碧い瞳を継いだ、それはそれは美しい赤子だったそうです。

 私はその頃、帝国に嫁いでしまっていて、また、出国の許可が降りなかったため、シリル王子とお会いすることはかないませんでしたが。

 

 シリル王子が誕生した、という報せを聞いた、すぐ後のことでした。

 フォルジュ国王――つまり、貴方が亡くなったという報せが入ってきたのです。

 

 

 

 前述の通り、エール公爵夫人は元々帝国の第三皇女であったお方です。

 嫡女であるお姉様には、ローデンヴァルト皇家の血が流れていることになります。

 そして、生まれたばかりであったシリル王子にも。

 

 フェリクス様にも、前王陛下にも兄弟はいらっしゃいません。

 帝国は、支配権を主張して、フォルジュ王国へ攻め入りました。

 おそらくは、貴方の死は帝国による暗殺であったのでしょう。

 

 戦況は、終始帝国が優勢でした。

 いよいよ王都が落とされるかもしれない、となった時、突如帝国の侵攻が止まります。

 

 帝国の東の端から、七日で死に至るという熱病が流行りだしたからです。

 幸い、帝国の西側に位置するフォルジュ王国は致命的な被害は受けませんでしたが、帝国は酷い有様でした。

 なし崩し的に終戦となった頃、私もまた熱病にかかり、この世を去りました。

 

 

 これが、全ての始まり、一度目の生のお話です。

 

 

 

 同じ生を繰り返している、と気づいたのは、物心ついた頃でした。

 全く同じ人生をなぞっていると気づいた私は――歓喜しました。

 

 そう、嬉しかったのです。

 あの悲劇を回避できる。貴方を、フェリクス様を救うことが出来るのだと。

 

 帝国が侵略してきたきっかけは、ヴィオレットお姉様とフェリクス様の婚姻と、シリル王子の誕生でした。

 二人が結ばれるのを阻止するか、または熱病が流行り、帝国の国力が落ちるまで、二人の婚姻を遅らせれば良いのではないか。

 そう考えた私は、お姉様から貴方を奪おうとしました。

 

 

(何かを書いて上からインクで塗りつぶした跡が数行続く)



 いえ、いえ、違います。

 本当は、ただ、貴方と結ばれたかったのです。

 秘した筈の恋心が大義名分を得て燃え上がったのです。

 

 許しを乞うことは致しません。これは私の罪です。抱えたまま死なせてくださいませ。

 

 

 

 ――ただ、その生では私の誘惑は成功しませんでした。

 あのフェリクス様は、私を妹のように思ってくれてはいましたが、女性としては見てくださいませんでした。

 結局、悲劇を回避することはかなわなかったのです。

 

 

 同じように熱病を得てこの世を去った私は、気付けば再びエステル・ド・リールとして生を送っておりました。

 そうして貴方の心を射止めるための生は、何度も繰り返されたのです。

 

 正式に出会う前、お忍びで街に居た貴方と出会ったのも、私が暴漢に襲われそうになったところに居合わせ、救ってくださったのも、貴方が湖に落ちてしまった際、私が身を呈して救ったのも、全て偶然ではございません。

 何度も死に、何度も貴方を失いながらも掴んだ、必然です。

 

 

 何故私が、こんな目に遭うのか。

 幾度も考えましたが、答えはわかりませんでした。

 ただ、フォルジュ王家は女神の加護を受けていると言われています。

 滅びようとしている王家を救おうと、女神が代行人として私を選んだのかもしれません。

 全て、仮説に過ぎませんが。

 

 

 何度死んだのか、もう数えるのもやめた頃、私はようやく貴方と結ばれることが出来ました。

 しかし、やはりおそらく貴方の暗殺を防ぐことは出来なかったのでしょう。

 その生では、私が先に死にました。

 

 エール公爵夫妻が帝国と通じていたのです。

 私は対外的にはエール公爵夫人の子であるとされておりますので、子が出来ればお姉様と同じように侵略の口実にされる可能性がありました。

 そのため、誰にも秘密で避妊薬を服用していたのですが、中々子が出来ない私に業を煮やしたのか、公爵家に帰った際に毒を盛られ、そこで私は命を落としました。

 

 

 

 その次の生で、私は貴方と婚約した後、エール公爵家の背信の証拠を掴み、愕然としました。

 ヴィオレットお姉様も共謀していたのです。

 

 優しく気高いお姉様が、どうして。

 

 調べていくと、お姉様が国を裏切ったのは、私が貴方と婚約した直後からのようでした。

 そこで私は、大きな勘違いをしていたことに気づいたのです。

 

 お姉様は、ただ家族として貴方を愛しているのだと思っていました。

 しかし、婚約破棄となったことで貴方と私に殺意を抱くほど、貴方を、(水滴の跡で滲んでいて読むことが出来ない)

 

 

 しかし、私は貴方をやはり救いたかったのです。

 

 

 今回の生では、お姉様が国を裏切る前に、私を毒殺しようとしたとして公爵家から追い出しました。

 本来なら投獄されてもおかしくない罪です。

 

「お姉様のお姿を見ると、死にかけた恐怖で震えるのです。でも、たった一人のお姉様として愛しているのも本当です。だから、貴族籍を剥奪して修道院に送り、それでお姉様を許してくださいませ」


 そう訴え、受け入れられたときには本当に安心しました。

 もっとも、貴方も何か違和感を感じていたのでしょうけど。


 そうして私は、帝国で熱病が流行り出すと同時に、エール公爵家の背信の証拠と、毒殺未遂が私の自作自演であると証言する証人がどこいるかを示した手紙を、実母の生家であるラヴェル家へと送りました。


 王家への忠誠心の強い家です。私とエール公爵家への恨みもあり、思った通りの動きをしてくれました。


 私の物語は、これで終わりです。


 ああ、もうすぐ兵が来ます。

 その前にこの手紙を出してしまわねば。

 

 この生で終われるかどうか、確信はありません。

 でも、私はやれることをやりきりました。

 それに、《滅魂の剣》ならば、私のこの長き生を終わらせてくれるような、そんな気がしているのです。


 私はもう、疲れました。

 

 

 フェリクス様は、どうか、幸せになってくださいね。

 

 

 

 心から、愛を込めて エステル

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― 新着の感想 ―
[一言] 最後のオチが凄かったです。時戻りのネタをこちら側から描くのか!ということも含めて。 彼だけでもこの献身を知っていることが救いかもしれませんが、本当にこの続きはないのか…?ということを誰も確認…
[一言] エステルのこれほどの献身にせめて見合うような人生を皆が送りますように。 そして神とはなんと残酷なと思います。 一握りの選ばれし人間のために、苦しみ力尽きる者が要る。 全ての人に恩寵を与える神…
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