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第71話 忘れさせて

14.


 レニとリオが飛び出した後も、コウマは変わらずに一人で酒を飲んでいた。

 キオラとイズルの話をした時のレニの様子が気になり、様子を見に行こうかという考えがチラリと浮かんだ。

 だが結局は、大したことではあるまい、レニも明日には忘れているだろうと思い、そのことは頭から消えていった。


 だから、酒を二、三杯飲んで体が温まり、さてこのまま寝ようかと思った時に部屋の外で扉にぶつかるような音がした時は、一体何だと首を傾げた。

 コウマが立ち上がり、扉を開けようとする間も、外からはバンバンと自棄のように扉を殴りつける音がする。


「ったく、何だよ、一体。わかった、わかったよ。今、開けるって言ってんだろ」


 ブツブツぼやきながら木の扉を開けると、扉の前に座り込んでいたらしい細い体が足元に倒れかかってきた。


「リオ?」


 コウマは唖然として、どうにか起き上がり自分の足元にうずくまった、美しい娘の姿を見つめる。

 リオの美しさは姿形だけではなく、完璧な優美さを常に保っている立ち居振舞いにもあることを考えれば、開いた膝の中に顔を埋めて空嘔からえずきをしているその姿は、信じられないものだった。


「何やっているんだよ、お前」


 半ば自分の見ているものが信じられないように、半ば呆れたようなコウマの言葉に、リオは青い瞳を据わらせて答えた。

 目元がほんのりと赤らんでいる。


「……泊めてください」

「はあっ?」


 ギョッとするコウマを尻目に、リオは返事も待たずに部屋の中に入る。

 先程、レニと手を握りあって座っていた毛皮の敷物の上に乱暴に腰掛けると、また開いた膝の中に顔を埋めた。


「お前、飲んでいるのかよ?」

「悪いですか?」


 恐る恐る顔を覗きこんでくるコウマに、リオは反抗的な口調で答えた。


「別に悪かねえけどよ」


 コウマはまだ状況が呑み込めない、と言った風にリオのことを見つめながら、とりあえず正面に座った。

 コウマが辟易したように黙っていると、伏せられた顔から小さな声が漏れてきた。


「コウマ……」

「何だよ?」


 リオは吐息のような掠れた声を吐き出す。


「あなたがもし好きな人に、『側にいなくていい、と言ったらお前はいなくなるのか』と聞かれたら、何と答えますか?」

「はあ?」


 コウマは思わず声を上げる。


「何だ、そりゃ?」


 それ以上何も反応せず、ジッと返事を待っているリオの気配を感じ取り、コウマは明後日の方向に目をやり頭をかいた。


「そりゃあ、『そんなわけねえ、いるに決まっているだろ』って答えるよ」


 リオは顔を上げた。


「そうなんですか?」

「好きな女、ならな。そりゃそうだろ、好きなんだから」

「でも相手から、いなくていい、と言われたら……」


 頼りなげなリオの言葉を、コウマは「アホか」と一蹴いっしゅうする。


「本当にいなくていいなら、はい、さようならで終わりだろ。『いなくていい、って言ったら』なんて変にややこしい話をするっつうことは、いて欲しいって言ってんだよ。

 女つうのは、そういう話が好きだよな。お前も惚れた男が出来たら、そういうややこしいことをするのはやめておけよ。全然、通じなくて話がこじれるだけだからな」


 リオは、コウマの話の後半部分は聞いていないようだった。

 コウマがそのことに気付き口を閉ざすと、そのあとかなり長い沈黙が続いた。

 余りに長い沈黙に、コウマが落ち着かなげに身動ぎを始めたころ、リオが消え入りそうな小さな声を吐いた。


「コウマ」


 コウマが視線を向けると、リオは相変わらず、長い髪で隠すように顔を伏せていた。

 リオはしばらく躊躇ったあと、呟いた。


「……好きな女性を、欲望の対象として想像したことはありますか?」

「は?」


 コウマは、俯いているリオの姿を凝視した。

 部屋の中はシンと静まり返っている。


「お前、何、言ってんだよ?」


 ようやく口を開いたコウマの声が耳に入っていないかのように、リオは小さな声で言葉を続けた。


「そういうことを罪ではないのですか?」

「罪?」


 コウマは眉をしかめた。


「何でそれが罪なんだよ? 頭の中で考えることが罪になるなら、俺は一日何回吊られても足りないぜ。ドエロいこともド畜生なことも、いっくらでも考えているからな」


 リオは少し黙ってから呟いた。


わたくしも、ですか?」

「は?」

「私のことも……想像したことはありますか?」


 リオは顔を上げて、青い瞳でジッとコウマを見つめる。徐々に緑色に色合いを変えていくその眼差しは、酒のせいか、それ以外の何かのせいでか、いつもより妖しく濡れているように見えた。


 リオは、毛皮の敷布に手をつき身を乗り出した。

 その拍子に、長衣が片方の肩から滑り落ち、薄手の衣をまとっただけの細い体が露になる。

 我知らずゴクリと喉を鳴らしたコウマの顔を、リオは覗きこんだ。


「コウマ、私が女であると思わせていただけませんか?」


 リオは薄闇の中でそう囁きながら、コウマの唇に唇を重ねる。


「捨てたいのです、この心を」


 リオは、唇を強く押し当て貪るように吸う。そうして闇の中でコウマの着衣を脱がし、その体を熱くするように琥珀色の肌に指先を滑らせた。


「コウマ、お願いだ……忘れさせて」


 コウマは驚愕で黒い目を見開いていた。だが徐々に、その目が狂おしい欲情によって濡れだす。


 コウマは、白い肩が露になり、自分の欲情を煽るように押し付けられるリオの細い体を、折れんばかりに強く抱き締めた。

 その腰を情欲を煽る手つきで撫でながら、リオの顔を仰向かせる。そうして自分の口の中に差し入れられた舌の動きに応えるように、激しい口づけを返した。

 はいだ長衣の上に、リオの体を倒し、開かれた唇に、首筋に、肩に、夢中で唇を当てる。薄い衣の裾を荒々しくまくり、なまめかしくうごめく足に手を当て体を開かせる。


 コウマが開かれた足の内奥に触れようとした瞬間、リオの唇から欲情に熟れた切なげな声が漏れた。


 レ……。


 コウマは、ハッと我に返り動きを止めた。


★次回

第72話「傷ついても。」

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