第68話 ややこしい話
11.
「レニ、ちょっと待てよ。お前っ、落ち着けって」
リオを連れて、憤然としてキオラの部屋から飛び出したレニに、コウマは追いついて声をかける。
背後から腕を取られて、レニはハシバミ色の瞳を憤りで燃え立たせて振り返った。
「落ち着けるわけないじゃん。ひどいよ、みんながやりたがらないことをリオに押しつけようだなんて!」
「まあ、そうだかなあ」
コウマは半ば自分も納得がいかないように半ば困惑したように黒い髪をガリガリとかく。
「俺も納得いかねえよ、キオラらしくねえもん、こんなの」
「先ほどの集会のとき」
レニに手を握られてほんのりと白い頬を赤らめてジッとしていたリオが、コウマの言葉に反応した。
「イズルさん、というかたは、キオラさまに相当不満を持っていたように見えました。キオラさまは、そのことに大層、困っておいでのようでした。普段から、お二人はああいった感じなのでしょうか?」
「え……?」
リオの言葉に、レニは驚いて声を上げる。
イズルが自分たち余所者に対して面白くない気持ちを持っていることには気付いていたが、キオラに不満を抱いている、キオラがそのことに困っていたとは気付かなかった。
最近は、暇さえあればリオのことばかり考えてしまうので、周りへの目配りが少し足りなくなっているのかもしれない。
リオの言葉に、コウマは何とはなしに周囲に目を走らせ、声を潜めた。
「それは、ちょいとややこしい話なんだよな」
「ややこしい?」
「ここじゃ何だから、部屋で話そうぜ」
コウマは二人を促して、与えられている客室のほうへ歩き出した。
「い、行こうか、リオ」
「……はい」
レニはリオの手を握りしめたまま、精一杯のさりげなさを装ってそう声をかける。
リオは緑色の光が浮かぶ瞳を伏せて返事をし、引かれた手にわずかに力をこめた。
12.
ユグの母屋は、屋内全体に暖気が行き渡るような技術が施されているため、客室の中も十分暖まっていた。
コウマのために用意された、ベッドと暖炉、敷物が用意された簡素な部屋の中に、三人は輪になって座わる。
「まだ表立っちゃいないけどな、キオラとイズルは余りうまくいってないんだよ。それがはっきりしちまうと大変だから、誰も触れないようにしている、っていう状態なんだよな」
コウマは珍しく、どう説明していいか悩むような顔つきでそう言った。
この陽気で実際的で、物事を余り複雑に捉えない若者にとって、理屈では割りきれない人の感情や人間関係は苦手な分野だった。
「ですが、ユグでは太母であるキオラさまの言葉が絶対ではないのですか?」
「まあ、そこがややこしいとこでな」
コウマはガリガリと頭をかいて、ふとレニとリオの様子に目を止めた。
「お前ら……いつまで手を繋いでるんだよ?」
不意に指摘されて、二人は同時に顔を赤くする。
「い、いいじゃん、寒いんだもん!」
「ったく、新婚の夫婦だってそんなに四六時中、ひっついていねえぞ。お前らのどっちかに男が出来たら、大変そうだな」
顔を真っ赤にして声を大きくするレニと、その隣りで顔を赤くして下を向いているリオ、何よりそれでも手を固く握りあって離そうとしない二人を見て、コウマは呆れたように肩をすくめた。
そうしてすぐに、そこから意識を戻す。
「何だったっけな? お前らが俺の話を聞かねえでイチャついているから、話すことを忘れちまったじゃねえか」
「い、イチャついてなんか、いないよ」
レニの抗議などお構いなしに、コウマはポンと手を叩く。
「そうそう、キオラとイズルの話だ」
コウマは顔つきを改めて、再び口を開いた。
「キオラは、ユグを変えようとしているんだよ。伝統の良いところは良いところとして、今の時代に合わないことはどんどん変えていく。キオラが太母になる前は、外との交流もそこまでなくて、余所者の俺が連れてきたお前らを受け入れる、なんてこともなかった。昔はユグの外から婿取り嫁取りをするのは大変だったけど、今はお互いがいいと思っているなら基本は迎え入れているしな」
コウマの説明に、レニは首を捻る。
「それだけ聞くと、良いところばっかりみたいに聞こえるけど。ユグを全部変えちゃおう、ってわけじゃないんでしょ?」
「俺もようわからんけどよ、変えること自体が気に食わんって奴もいるみたいだな」
「そっかあ」
レニは呟いた。
「そういう人って、どこにでもいるんだね」
「しゃーねえよ。人が集まりゃあ、それだけ色々な人間がいるからな」
悄然とした様子のレニの言葉に、コウマは肩をすくめる。
「では、イズルさんはキオラさまの新しいやり方に反発している、ということでしょうか?」
リオが控えめに口を挟んだ。
「そこなんだよ、ややこしいところはさ」
「どういう意味?」
レニの問いに、コウマは困惑した様子で首を横に倒す。
「イズルは、キオラのやり方に反対なわけじゃないんだよ、たぶん。ただ、キオラに対して物が言えるし、周りの若い奴らに頼られているから、自然と……なんつうかそうなっちまっている、って言うか」
「形にならない不満を、一ヶ所に集める役割をしている、ということですか?」
「そうそう!」
お前、説明が上手いなと、コウマは感心したようにリオの顔を見る。
レニが言った。
「じゃあ、イズル本人は、キオラに不満があるわけじゃないんだ?」
「そこなんだよなあ」
コウマは歯切れの悪く呟く。
レニは焦れたように言った。
「コウマ、さっきりからそればっかりじゃん。『そこ』ってなに?」
「つまりさ、イズルはキオラから生まれたんだよ」
「え?」
レニはポカンとした顔でコウマの顔を眺めた。
一瞬の沈黙のあと、驚いたように言った。
「生まれた? えっ? イズルのお母さんがキオラ、ってこと?」
「そうだな、まあ、そういう言い方も出来るな」
コウマはその事実を確認するように言葉にしてから、何度か頷いた。
「そういう言い方しか出来ないよね?」
混乱したレニの言葉に、コウマは事も無げに答える。
「言ったろ? ユグは一族が一家族だから、誰が誰を産んだとかは余り関係ねえんだ。息子と娘は、全員一族の……太母と慈父の子供だ。みんなが親で、みんなで育てる」
「でっ、でも」
レニは反射的に何かを言おうとしたが、続ける言葉を見つけられないように途切らせた。
リオは俯いたレニのほうへ、気遣わしげな視線を送る。
コウマはレニの様子は気に留めず、話を続けた。
「キオラは何人か子供を産んだけど、育ったのは俺とイズルだけだ。厳しい土地だからな。なかなか子供が育たねえんだよ。だからユグにとって、子供は誰の子供か以上に、一族の宝なんだ」
イズルの奴は、ユグの人間なのに、そこら辺りがわかってねえんだよなあ。
と、特に責める風でもなくコウマは言葉を続ける。
それからふと、レニとリオが驚愕で目を大きく見開いて自分を見ていることに気が付いた。
「何だよ? お前ら。何だって陸で大王イカを見つけたみたいな顔で俺を見やがるんだ?」
「コ、コ、コウマ……」
「あん? 何だよ?」
「コ、コウマ……コウマも、キオラの子供、なの?」
レニは驚きでヒヒ割れた声のまま、言葉を続ける。
「キオラって、コウマのお母さん、なの?」
★次回
第69話「ややこしい話の続き」




