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第52話 男同士はそんなもの

12.


「パッセさんと二人で、ですか?」


 午後に市場へ行くときは、パッセと二人で行って欲しい。

 そう伝えると、リオは青い瞳にわずかに訝しげな光を宿した。

 だが、すぐに穏やかで従順な表情が浮かび、その疑問を消し去った。


「レニさまがそうおっしゃるのであれば、もちろん参ります。何かご入り用のものがあれば買って参りますが。レニさま?」


 ふと、リオの表情が物問いたげなものになった。

 自分がリオの様子をマジマジと凝視していたことに気付いて、レニは慌てて顔を伏せる。


「うっ、ううんっ。な、何もないよ。リオが何か欲しいものとか必要なものがあったら買ってきて。あっ、あと……」


 パッセの話を聞いてあげて。

 そう付け加えようと勢いよく顔を上げた瞬間、リオの青い瞳に真っ正面から捕らえられる。

 翡翠のような輝きの深さに呑まれてしまい、言いかけた言葉は口の中で力を失った。

 レニはゴニョゴニョと言葉を誤魔化し、視線を逸らす。


「あの……えっと、気を付けて行ってきてね」


 リオはしばらく俯いているレニの姿を眺めていた。

 やがて「はい」と返事をすると、しとやかに一礼をし出かけて行った。



13.


「え? パッセとリオが二人で出かけたのかよ?」


 宿に残っているレニの姿を見て、コウマとクシュナは意外そうな顔をした。

 昼食の営業後の後片付けをしていたクシュナは、窓の外に視線を向ける。


「大丈夫かしら? パッセも気が強いから……リオに何だかんだ言っていなきゃいいけれど」

「何だよ? 何だかんだって」


 怪訝そうなコウマの言葉には答えず、クシュナはレニのほうを向いた。


「リオと喧嘩でもしたの?」


 レニは慌てて首を振る。


「喧嘩はしていないけど、リオも私とずっと一緒にいると窮屈じゃないかな、って思って」

「窮屈?」


 片付けを手伝うレニから皿を受け取りながら、クシュナは首を傾げた。


「リオって、レニの世話をしている時が一番幸せそうに見えるわよ。子供や旦那さんを溺愛している若奥様みたいよね」

「でも……」


 レニは、自分の目の前で卓についた油汚れを拭いているコウマに視線を向ける。


「あん? 何だよ?」


 コウマと視線が合うと、レニは目を脇に向けた。


「コウマ、言ったじゃん。私がいない時のほうが、リオは気楽そうだって」

「コウマ、そんなことを言ったの?」


 クシュナは半ば呆れたように、コウマの顔を睨みつける。

 コウマは気のない風に肩をすくめた。


「んなもん、思ったことをちょっと口にしただけじゃねえか」


 だが俯いたままのレニの顔を見ると、面倒くせえなと呟きつつ口を開いた。


「リオがお前といるのがイヤそうだ、って思ったわけじゃねえよ。なんつうかな、お前に気を使いすぎ?

ちげえな、お前のことを気にしすぎ? 構いすぎっつうかな。クシュナもさっき、リオはお前の母親か嫁みたいだって言ったろ? 

 お前がいないと途端にそういうのがなくなるから、ああ、リオって意外にこういうところがあんのか、って思っただけだよ」

「気を……使いすぎ……」

「お前なあ、マジで面倒くせえぞ、それ」


 さらに落ち込んだように呟くレニを見て、コウマは呆れたように叫んだ。


「だからさ、なんつうかな、お前といるとお前の嫁みたいなリオが、お前がいないと素っ気ない……いや、違うな。つれねえはいつもつれねえからな。うーん、わっかんねえけど、意外と女っぽくないっつうか」


「え?」


 レニは驚いて顔を上げた。

 コウマはレニの様子には気付かず、ひたすら自分の思いを追いかけるように言葉を続ける。


「お前といる時は、すげえ美人だな、お前に対して優しいよな、おっとりしていて優美で女神さまみてえだなと思うのに、二人でいるとそれを忘れるときがあるんだよな。リオの奴、本屋に連れて行くと俺のことを忘れちまうけど、何かそれが当たり前つうかさ。俺も仕入れをしている時は、リオといることを忘れちまうことがあるしな」

「へえ、あんたが? あんな美人と二人で出かけて?」


 洗い場から再び出てきたクシュナの言葉に、コウマは頭をかきながら首をしきりに捻る。


「なんつうかな、リオといるんじゃなく、気のおけねえ無口な友達ダチと一緒にいるみたいな気持ちになる時があるんだよ。別に喋ることもねえし、いいか、みたいな」

「一緒に行ったのに、コウマのことを忘れちゃうの? コウマは嫌じゃないの?」


 レニの言葉に、コウマは意外そうな顔をした。


「何でだよ? 好きなものに夢中になるのは当たり前だろ? 存在を忘れるなんて、それだけ気を許している証拠じゃねえか」

「そ、そうなんだ」

「まっ、男同士つうのはそういうもんさ。仲が良ければいいほど、連れには気を使わねえもんよ」


 コウマの言葉にクシュナは呆れたように笑った。


「男同士って、リオは女の子でしょ? 怒られるわよ」


 コウマは「やべえ、素で間違えたわ」と言いながら笑ったが、その表情にはどこか奇妙な違和感を覚えるがそれが何かわからない、と言いたげな戸惑いが浮かんでいた。


「まあとにかく、だ」


 しばらくたった後、コウマは思い出したようにレニのほうを向く。


「お前が俺の言ったことを気にしてんなら、別にリオがお前といたくないように見える、って言ったわけじゃねえよ。お前がいないと、お前といるときはお前のことばっか考えてんだな、って分かったつうかさ。

 お前といない時のリオは、愛想もクソもねえが、これはこれで面白えなと思っただけだ。辛気くせえつらすんなよ」

「う、うん」


 レニは慌てて頷いた。


 心の中に浮かんだ、「自分だったらリオに忘れられたら寂しい」という思いがひどく子供っぽく、つまらないもののように思えて顔が赤くなる。

 そういう気持ちが伝わっているから、リオは自分の面倒を一生懸命見ようとするのかもしれない。



14.


 片付けが一段落つき、商品の仕入れに行くコウマについて行こうかと立ち上がった瞬間、不意に入り口の扉が、大きな音を立てて開かれた。

 コウマとレニは反射的に体を浮かせる。

 奥の厨房にいたクシュナも、何事かと顔をのぞかせる。

 凄い勢いで宿に飛び込んできた人物を見て、コウマが叫んだ。


「パッセ……?! どうしたんだよ、お前?」


 戸口に立ったパッセは、光沢がある茶色の髪を振り乱し、全力で走ってきたのか今にも倒れそうなほど激しく全身で息をついていた。

 顔色には血の気がなく、瞳は驚きと恐怖で張り裂けんばかりに見開かれている。


 パッセは息を大きく吸い込み、その拍子に激しく咳込んだ。

 三人は慌てて戸口に駆け寄り、コウマが崩れ落ちそうになるパッセの体を支える。


「おいっ! しっかりしろ、パッセ! 何があったんだ?!」


 パッセは肩で息をつきながらも、必死になってレニに手を伸ばし、その腕にすがりついた。

 涙で歪んだ声が、唇からほとばしる。


「レニ……っ! レニっ! リオが……リオが……っ!」

「パ、パッセ、どうしたの? リオに何かあったの?!」


 パッセはコウマの腕の中で、喘ぐようにして言った。


「レニ! リオが……リオが、さらわれたのっ!」


★次回

第53話「どう思っているの?」

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