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第50話 真実の愛

10.


 出会ったその日に恋をしていることを打ち明け合ったレニとパッセは、その後、恋をしている少女特有の熱心さで、暇さえあればお互いの恋の状況について、ああでもないこうでもないと語り合うようになった。

 

 相手のこと。

 自分の気持ち。

 二人の関係など。


 いま現在している恋愛という、心を大きく占める関心事を、自分と同じくらい熱意を持つ誰かと共有し、事細かに語り合う。

 それはひょっとしたら、当の恋そのものよりも楽しいことかもしれなかった。


 二人は、お互いの恋愛模様をしっかりと噛みしめることで自分の恋の味わいがよりいっそう甘美になることを知ったため、いつまでたっても結論が出ない……出すつもりもない同じような話を、熱心に飽くことなく語り続けた。



11.


「パッセとコウマって、お父さん同士が友達だったんだ」


 宿や家の用事を済ませたあと、もしくは手が空いているレニがパッセの仕事を手伝いながら、お互いの恋愛模様を話すことが二人の間での日課になりつつあった。

 今日も、レニは宿で使うベッドの敷布やかけ布団を干すパッセの手伝いをしていた。

 陽光が当たる中庭に渡された物干しに洗い立ての敷布をかけ、皺にならないように手ではたく。

 白いシーツは冬の始まりの柔らかな風に吹かれて、陽射しの中で緩やかにひるがえった。


「うちのお父さんは私が小さい頃に死んじゃって、クシュナ姉がこの宿を継いだんだ。女二人じゃ大変だろうって、コウマのお父さんがコウマを連れてしばらくいてくれたの」


 パッセは綺麗に並んで干された真っ白な布に目を向けながら、思い出を辿るように答えた。


「クシュナ姉とコウマのお父さんは仕事で忙しかったから、コウマがずっと私の面倒を見てくれたんだ」


 パッセは視線を前に向けたまま、頬をわずかに赤らめた。茶色の髪にも瞳も、朝の陽光をはじいて、キラキラと美しく輝いている。


「コウマは口では、ガキのお守りなんて面倒臭いとか邪魔っ気だとか言うけど、いざと言う時はちゃんと面倒を見てくれたの。『喧嘩なんざ一センの得にもならねえ』って言っていつもは近所の悪ガキに何を言われても口先三寸で丸め込むのに、私が泣かされたときはすっ飛んで行って怒ってくれたりね」

「コウマは、パッセのことを本当に大切に思っているんだ」


 レニの言葉に、パッセは半ば嬉しそうに半ば拗ねたように呟く。


「うん。でもそれも、お父さん同士が友達で、妹みたいなものだからなのよね、きっと」

「それもあるかもしれないけれど」


 レニはすかさず言った。


「それだけだったら、殴り合いの喧嘩まではしないよ! 妹だろうと何だろうと、自分の体を張って守りたい女の子、ってことには変わりはないから!」

「そ、そう思う? レニ」


 不安げな光を浮かべた茶色の瞳を向けられて、レニは力強く頷いた。


「もちろん! きっと、コウマは自分にとってパッセがどれだけ大切か、って気付いていないだけだよ。パッセがいなくなって、初めて自分にとっての真実の愛に気付くんだよ、きっと」


「真実の愛」というのは、ここ数日、二人の間で急速に流行り出したお決まりのフレーズだった。

 二人が共有し合う妄想の中では、レニなりパッセなりが死にかけたり姿を消したりして、初めてリオやコウマは自分の「真実の愛」に気付く、という設定になっていた。

 その設定に基づいたありとあらゆる「真実の愛」のストーリーが、この数日間で、二人の間で手を変え品を変え語られている。

 コウマは一年近く旅に出ており、パッセと離れていたけれども「真実の愛」に目覚めることはなかった、という厳然たる事実は脇に置き、レニとパッセはお互いの楽しい妄想を語り合うことに夢中になっていた。


「レニのお付きの人も、レニがいなくなって初めて自分はレニを真実、心の底から愛していたって気付いたわよ。レニが戻ってきたら、『私の心の目が開かれました』って告白してくるんじゃないかな」

「『心の目が開かれました』かあ」


 レニは心の中に、リオが自分を見て微笑みながらそう言う図を思い浮かべて、うっとりとした表情を浮かべた。

 レニの中でその文句は、リオが口にするにふさわしい詩的な表現だった。

 しばらくその妄想の心地よさに浸ったあと、お返しとばかりにレニは口を開く。


「コウマだってきっと言うよ。『俺の心は鳥目だった』って」

「うふふっ、コウマったら」


 パッセは、本当に目の前でコウマにそう言われたかのように、顔を赤らめて嬉しそうに笑った。

 だがふと、悲壮な表情を作り、芝居がかった様子で目元をぬぐう。


「レニ、相手が真実の愛に目覚めるまで待つのって辛いわね。でもそんなことを言っちゃ駄目よね、愛は耐えるもの、待つものだもの」

「そうだよ、愛は耐えるもの、待つものだよ。お酒だって熟成させるまでは待たなきゃ美味しく飲めないじゃん。愛だって同じだよ! パッセ、一緒に頑張って耐えよう!」

「レニ、私……レニがいてくれて良かった」


 パッセは涙ぐみながら、これが精一杯という風に笑顔を作った。


「私がこんな残酷な愛の試練に耐えられるのも、レニがいてくれるおかげよ」

「パッセ、私も! 私も、パッセがいてくれるから耐えられるよ」

「れ、レニににぃぃぃぃ」

「パッセええええぇぇ」


「お前ら、何しているんだよ」


 話の締めくくりとして、いつも通りお互いの名前を呼びながら抱き合った瞬間、半ば好奇心に満ちた半ば薄気味悪そうな声が中庭の入り口から飛んできた。

 二人は、抱き合ったまま顔を上げる。

 中庭の入り口にコウマが立っていて、二人の姿を眺めていた。


「コウマ!」

 

 パッセは声を弾ませて、コウマのほうへ駆け寄る。

 コウマは頬を上気させているパッセに向かって言った。


「パッセ、お前、今日の午後、時間あるか?」


 パッセの顔が一瞬で輝く。

 コウマにピタリと視線を当てたまま、素早く何度も頷いた。


「う、うん! あるわよ! クシュナ姉から頼まれた仕事は午前で終わらせるから!」


 コウマはパッセの溢れるような喜びは一向に気に留める風もなく、何でもないような気軽な口調で言った。


「んじゃさ、レニとリオを市場に連れて行ってやってくれよ。北に行く準備は一式そろったけど、他にも入り用なものがあるだろ。女同士のほうが相談しやすいだろうし、どんな品がいいかもわかるだろうからな」


 パッセの顔からみるみるうちに喜びが剥がれ落ちて行く様子を、レニは痛ましそうな表情で見守った。

 パッセは、瞳に露骨に落胆の色を映しながら言った。


「コウマは……来ないの?」


 コウマはパッセの様子を気にする風もなく、変わらない調子で答えた。


「別の仕入れがあって行けないから、お前に頼むんだよ」


 言ってからコウマは、口の端に微かに笑みを浮かべて言った。


「本当なら、リオは俺が案内してやりてえんだけどな。パッセ、この街は物騒な場所も多いからな。特にリオのことは気をつけてやってくれよ」


「ひ、ひどい……」

「はっ?」

「コウマ、何で? 何でそんなひどいこと……」


 呆気にとられたようなコウマの前で、パッセは力の限りの声で叫んだ。


「コウマのバカー----っっっ!!」

「は? へ? なん……何でだよ?!」


 自分の体を押しのけるようにして家の中に駆けこんだパッセの後ろ姿を、コウマは状況が飲み込めないと言った顔で見送る。


「コウマの馬鹿! 鈍感! 鳥目!」


 続いてレニがコウマに向かって叫ぶ。

 そのままコウマの呼び止める声には耳を貸さずに、パッセの名前を呼びながら後を追った。

 コウマは呆れたように凄い勢いで走っていく、少女二人の後ろ姿を見送る。


「何なんだ、あいつら」


「まったく、これだから女ってえのは」とぼやきながら、コウマは黒い髪を掻いて肩をすくめた。


★次回

第51話「心が知りたい」

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