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第33話 山村のご飯

11.


 家は、住居として母屋に厩舎につながる仕事用の小屋がついている、農村の住居によくある作りをしている。

 取引が終わり母屋に移動すると、広い食堂には既に男の家族が集まっていた。広い木の卓には、所せましと心づくしの料理が並べられている。


「たくさん作ったからどんどん食べてね」


 男の妻らしい、人の良さそうな太った女性が、満面の笑顔でレニに声をかける。食堂には男の息子らしい若い男たちや友人らしい近所の人間、その子供たちなどが集まり、既に飲み食いを始めていた。

 村の人間は皆、コウマと顔見知りらしい。酒や食事を気軽に勧め、旅の話を聞きたがった。


「へえ、王さまが代わったって本当だったのかい」

「ああ、王さまっていうか、国そのものが変わったんだよ。皇国から王国に」

「そんなことを言ってもなあ、俺たちの生活は何も変わんねえしな」


 コウマの簡単な説明に、村の男が酒を飲みながら答える。


「税金が安くて、いくささえなきゃあ、皇帝だろうが王さまだろうがどっちだっていいわな」

「だがねえ、国が混乱している隙にレグナドルト公さまが独立したいと考えたら、うちらの生活も大きく変わるだろうからなあ」


 家主の男が憂鬱そうに呟いた。


「男は戦に行かなきゃいけないだろうし、農奴も兵隊として取られるだろうな」

「それに、だ。今度の王の考え方次第じゃ、国の制度だって大きく変わるかもしれないぜ。今度の王さまはえらく若くて開明的らしいからな」

「開明的? 開明的って何だ?」


 コウマの言葉に、既にだいぶ酔いが回っている男たちの何人かがふざけ半分に声を上げる。


「今度の王さまは、女房から国を譲ってもらったらしいじゃないか。女房から国をもらう、そこが開明的ってことかい?」

「ははは、王さまでもカミさんには頭が上がらねえのか。俺らと一緒だな」


 食堂の中に、男たちの陽気な笑い声が響き渡る。女たちは素知らぬ顔で立ち働いているが、たまに男たちをどやしつけて食事を運ばせている。


 レニは食事と酒を腹の中に詰め込むのに忙しかったが、話が「女房から国を譲ってもらった王さま」の話になると、思わず耳をそばだてた。

 まさか「国を譲った女房」が、いままさに自分たちと同じ席で飲み食いをしているなど夢にも思わないだろう。


「どうだ、レニ。うちの酒と料理は絶品だろう」


 家主の男は酒で赤らんだ機嫌が良さそうな顔を、レニのほうへ向ける。


「ハムも少し切ってやるから食ってみろ。チーズと一緒にパンにはさむと美味いんだ、これが」

「うん、ありがとう」


 男たちに負けじと酒を飲み、食事をするレニに、男は感嘆の眼差しを向ける。


「ちっこいのによく食うなあ。それにコウマの足について、麓からここまで来るなんざあ大したもんだ。山の生まれでも難儀な道なんだがなあ」


「そういやあ」と、レニの隣りにいたコウマが、家主の男のほうへ目を向ける。


「来る途中に農奴を見かけたぜ。けっこう遅い時間だったが、この辺りの奴らか?」


 コウマの言葉を聞いた何人かの男たちが、顔を見合わせた。

 家主の男は眉をしかめて、首を振る。


「いや、俺たちの村の者じゃない。俺たちの村には、さほど農奴はいないんだ。子供も含めて十人程度だし、そんな時間まで外に出したりしないさ」

「でも、この辺りには村はここくらいしかないよな?」


 男たちの間で、不穏な緊張した空気が漂う。視線を交わし合い、ひそひそと隣り同士で話をする。

 家主の男は顔を曇らせた。


「この辺りの山に、下の農地から逃げ出した農奴が集団で住み着いているんだよ。そいつらかもしれん」

「脱走か」


 コウマの憂鬱そうな言葉に、男は頷く。


「色々と事情はあるんだろうが。村から家畜や食料が盗まれることがあってな、俺たちも頭を痛めている。最近は、夜も見張りを立てるようにしているんだ。

 密告するようなことはしたくないが、余り人数が増えて被害が大きくなるようなら、俺たちも村を守るためにおかみに訴えでなきゃならん」

「捕まったら重罪だな」

「ああ、仕方がない。俺たちも生きていかなきゃならんからな」


 男は、ふと心配そうにコウマとレニを見た。


「お前ら、帰りは気をつけろよ。奴らもよほどのことがない限り、行きずりの人間を襲ったりはしないだろうが……村に出入りの商人だと、金目のものを持っていると思われるかもしれないからな」

「そこまで見境がなくなっているとは思いたくねえけどな」


 コウマは肩をすくめながら、そう言った。


★次回

第34話「物の価値」

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