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第247話 これから先、ずっと。

 真剣な眼差しを向けられて、リオの唇から思わずと言った風に微かな声が漏れる。それは先ほどまで話していたリオの声とは、どこか違う響きを帯びていた。

 レニはその声の主を引き留めるように必死になって叫ぶ。


「寵姫さまとお話できて、笑ってもらえて、仲良くなれて、毎日が夢みたいだった。初めてあの宮廷にいて……皇女に生まれて良かったって思えた。寵姫さまと出会って……」


 レニはゴクリと唾を呑み込んで、胸の中の重い塊を吐き出すように言葉を吐き出す。


「初めてリオ兄さまのことを恨んだんです。私に色々なものを押し付けたことを。

 寵姫さまにお会いしてから、お祖父さまのことも国のことも世界のこともどうでも良くなった。宮廷の人もイリアスさまも、みんないなくなればいいって思っていた。みんななくなっちゃえば、寵姫さまと一緒にいられる、ずっと一緒に暮らせる。そう思ったんです。

 お祖父さまを殺すことに失敗したら、きっと殺される。リオ兄さまは私が失敗したら後がないから、絶対に失敗するなって言っていたけれど……そんなことより、私が死んだら寵姫さまはきっと私のことなんて忘れちゃうんだろうなって……そのことが辛かった。私は……二度と寵姫さまに会えないのに、イリアスさまは寵姫さまとずっと一緒にいて、二人で仲良く暮らして……ズルいって思ったの。私なんてちょっとしかお会い出来ないのに、お祖父さまを殺しても殺せなくても、結局はイリアスさまいる限り私は寵姫さまと一緒にいられないのに……それなのに、何で私がイリアスさまのために頑張らなきゃいけないんだろう、そんなの不公平だ、理不尽だって思っていた。どうせ寵姫さまと一緒にいられないなら、そんな世界ならなくなってもいい。世界が滅ぶって言うなら明日滅べばいい、そう思っていた!」


 まるで長年凍りついた感情が解けて流れ落ちていくように、レニの瞳からとめどなく涙が流れ落ちる。

 小さな体を震わせてしゃくりあげるレニの姿を、リオは青い瞳で魅せられたように見つめた。


「好きです、寵姫さま」


 レニは泣きながら呟いた。


「初めて会った時から、あなたを初めて目にした時から。あなたのそばにいたい、あなたの笑った顔が見たい、あなたを守りたい、それが……それだけが私の願いだった。あの時も、今も、これからも……。ずっと、ずっとそう言いたかった!」

「レニさま……」

「リオ、お願い」


 レニは涙で濡れた顔を、リオに向ける。


「寵姫さまを消さないで。私はリオの全部が好き。寵姫さまも……私にとっては、リオの大事な一部なの。私が生まれて初めて好きになった……大切な人なの」


 リオは白い手を胸に当てて呟く。


「寵姫も……俺の一部」


 自分の内部に存在するものを確かめるように、リオはしばらくそうしていた。

 リオは胸に手を当てたまま、誰に言うというでもない小さな声で囁く。


「レニさま、あなたは今でも……寵姫のことも好きなのですか? 男であるリオだけでなく?」


 レニは言葉に出来ない思いを表すように、涙を拭いながら何度も頷く。

 リオはその姿をジッと見つめながら言った。


「寵姫は、あなたの父親に買われた。あなたの夫の愛人だった。数え切れないほとたくさんの男たちの寝所にはべって、その相手をした。厭わしい、忌まわしいとは思われませんか?」


 リオは己が胸に手を置いたまま、静かな声で言った。


「俺との結びつきが強くなればなるほど、その事実はいつかあなたを苦しめるのではないですか?」


 自分に向けられた翠色の彩を帯びた青い瞳を、レニは真っすぐ見つめる。

 

「それがあなたに背負わされたものなら、私はそのためにずっと苦しみたい。あなたが歩んできた道筋のすべてが私にとっては失いたくない、かけがえのないものなの」


 レニは、はっきりとした声で言った。

 世界のすべてに言葉を響かせるように。


「リオ……あなたが好き。ずっとずっと、私はあなたが好きだった」


 レニの言葉を聞いた瞬間、リオの瞳からも涙が流れ落ちた。


()()……」


 もう二度と呼ばれることはないだろう名称で呼ばれて、レニはハッとする。

 目の前で両手を組み合わせて立ちすくんでいる人物は、確かにリオの姿をしていながら、同時にまったく別の人物に見えた。

 あの冷たい宮廷に閉じ込められた日々の中で見つけた、小さな温かい灯りのような人だ。

 決して向けられることのなかった、月明かりを反射する夜の湖のような瞳が、レニを……レニだけを見つめている。

 その人は珊瑚色の唇をほころばして、かすれた声でささやいた。


「お側にいてもよいのでしょうか。これから先、ずっと……」


 白い頬に涙を伝わせて、寵姫は呟く。


「レニさまのお側にいたい。わたくしも……そう望んでよいのでしょうか」

()()()()


 レニはその人の名前を呼んで、言った。


わたしのそばにいてください。この先、ずっと」


 その瞬間、リオがすがりつくようにしてレニを抱き締めた。

 喉の奥から絞り出すように、涙に濡れた声を紡ぐ。


「レニさま、私もです。私もあなたをずっと、お慕いしておりました。あなたを初めて見た時からずっと……」


 寵姫の言葉に、レニは泣きながら何度も頷く。

 二人は長い空白の年月を埋めるかのように、いつまでもそうしてお互いを抱き締めていた。


★次回

最終章「レニとリオ」

第248話「学府での再会」

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