表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
246/256

第245話 俺が決めたこと

9.


 司祭によって暴行されたコウマは、近くの村に運び込まれた。

 横暴な司祭から解放されたことへの感謝から、村人たちはコウマのために病室を用意し、町から医者も呼んでくれた。

 コウマが司祭から受けた傷はひどく、最初の五日ほどは高熱が出て意識がない状態が続いた。

 五日目に熱が下がり、医師はもう大丈夫だろうと言ったが、そのあとも傷の回復と体力の温存のために、食事の時以外は薬を飲み眠る生活が続いた。

 時折意識を取り戻すと、決まってリオが枕元にいた。

 リオは必要なこと以外は余り話さず、淡々とした様子でコウマの看病をすることだけに意識を集中しているように見えた。

 先日見た、リオが泣いている姿は不鮮明な意識が見せた幻ではないか。

 コウマは、そんな風に思うようになっていた。


 リオが席を外す時は、レニがコウマの面倒を見た。

 まだ寝台から起き上がれないものの、すっかり元の調子で話すコウマを見て、安堵の表情を浮かべる。


「良かった。一時は、熱が下がらなくて大変だったんだよ」

「司祭にぶっ叩かれている時は、こりゃマジで死ぬかもしんねえって思ったけどな」


「命拾いしたぜ」と他人事のように笑うコウマを見て、レニは口ごもる。


「コウマ……ごめんね」

「あん?」


 怪訝そうに眉を上げたコウマの前で、レニは呟いた。


「コウマがこんなことになったのは、リオを助けるためだから……」

「お前が謝ることじゃねえだろ」


 コウマは幾分素っ気ない声で言った。


「俺が自分で決めてやったことだぜ」

「そう……だけど」


 気遣いが滲むレニの瞳を眺めながら、コウマは言った。


「一人で助けに行くんじゃなく、お前が来るのを待ってりゃあ良かったのに。そう思ってるんだろ? そのほうがこんな面倒なことにならずに、リオを助けられたのにってさ」

「そ、そんなことないよ」


 レニは首を振り、言葉を続ける。


「コウマが行ってくれたから、リオを助けられたんだよ。リオだってそう思っているよ」

「お前、ふざけたことを言うなよ」


 必死に言葉を重ねるレニの顔を、コウマは横目で睨んだ。


「リオの命が危険だったわけじゃねえんだ。お前が来るのを待つべきだった、あの時の俺の判断は間違えた。んなことは俺だってわかっているんだよ」

「ご、ごめん」


 恐縮したように身をすくませるレニを見て、コウマは行き場のない自分の思いを吐き出すようにハアッとため息をつく。


「ったく、お前は。そんな風に謝られたら、余計に惨めになるじゃねえか。……だから! 謝んなって」


 開かれかかったレニの口を塞ぐように、コウマは声をかける。

 小さくなるレニを呆れたように眺めてコウマは笑った。


「わりぃ。八つ当たりだよな。自分のアホさ加減にイラついちまった」


 レニが首を振るのを確認してから、コウマは視線を下に落とした。


「あの時も分かってたんだよ。お前を待つほうがいい……お前が来れば、すぐにリオを助けられるんだからって」


 コウマは少し口をつぐんでから、独り言のように呟く。


「でも俺は、あの時どうしてもリオを助けたかった。一度でいいから……()()リオを助けたかったんだ」

「コウマ……」


 何か言いかけたレニの機先を制するように、「そういやあ、お前さ」とコウマが言う。


「ちゃんとリオの話を聞いたのか?」

「え……?」


 怪訝そうなレニの顔を見て、コウマは大きくため息をついた。


「お前な、何でリオが司祭について行ったと思ってんだよ?」

「ついて行った? リオは無理矢理連れていかれたんでしょ?」


 ちげえよ、と言って、コウマは再びため息をつく。


「弱みを突かれて丸め込まれたんだよ」

「弱み?」


 コウマは、薄闇の中で自分に裸身をさらした、リオの姿を思い浮かべる。瞳に強い痛みを浮かべ、唇を自分や世界に対する嘲笑で歪めた美しい姿を。


(俺は男に生まれ変わったんですよ、コウマ)

(やっと……やっと、男になれた)

(やっと戻れた!)

(俺自身に)


 歓喜の響きを帯びながら悲鳴のように聞こえる声が、今もまだ耳の中に残っている。

 戸惑ったような顔をしているレニを、コウマは横目でジロリと睨み黒い髪をガリガリかく。


「俺の面倒なんてみている場合じゃねえじゃんか。さっさとリオと話して来いよ」

「え……?」

「ほら、行けよ」

「でも……」


 なおも気遣わしげに逡巡するレニに向かって、コウマは手で追い払う仕草をする。


「俺は赤ん坊じゃねえんだよ。目を離したら死ぬんじゃねえかみたいな顔されて、四六時中べったり張りつかれたらうざったくてしょうがねえ。リオにもそう伝えておけよ」


 不本意そうな顔つきになったレニを見て、コウマはニヤリと笑って言った。


「もう少しで俺も動けるようになるからさ、そうしたら学府に行こうぜ。公女さまが心配していたぞ、お前らのこと」

「うん」


 コウマの言葉にレニは頷いた。

 渋い顔をするコウマに、明日の朝にまた来ると伝えて、レニは部屋から出ていった。



10.


 部屋に戻った時、リオはベッドに半身を伏せてうたたねをしていた。

 レニは起こさないように足音を忍ばせて椅子に座り、その寝顔を見つめる。


★次回

第246話「寵姫さま」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ