第244話 だから泣くなよ。
もし俺があなただったら。
あなたのように自由で一人で生きる力があったら。
色々なことを知っていて、レニさまに与えるものがある男だったら。
あなたみたいな男で、どこか旅の途中でレニさまに出会っていたら。
そんなことばかり考えていた。
あなたが俺だったら、レニさまを宮廷からも連れ出せたんじゃないか。
レニさまが一人でいた時も、そばにいられたんじゃないか。
俺だって……男に戻れば、レニさまを守れるはずだ、そう思っていた。
でも……あなたを見ていると本当にこんな風になれるのか、レニさまにふさわしいのはあなたのような人で、俺はどんなに頑張ってもそんな風にはなれないんじゃないか、いずれそんな男が現れて、レニさまも普通の男のほうがいいと思うようになるんじゃないか。
考えたくないのに、あなたがそばにいるといつも考えてしまう。
自分が惨めで苦しかった。
だから俺が男だと気付かないで言い寄ってくるあなたを馬鹿にしていた。
そう思わないと、あなたがそばにいることに耐えられなかった。
俺は、あなたのような男でありたかった。
あなたみたいな人間になりたかった。
自由で強く、自分の意思で生きられる人間に生まれたかった。
出会った時からずっと、あなたは俺にとって「そうありたい」と願った像そのものだった。
コウマはぼんやりとしか見えない目を、声のほうへ向ける。
枕元にリオが座っていた。
黒い髪の隙間から見える白い頬に、とめどなく涙が流れているのが見える。
その雫が持つ輝きの美しさに、コウマはただ見とれた。
その涙に含まれるリオの苦しみをぬぐってやりたいと思う。
だがどれだけ意識を集中させようとしても、体がピクリとも動かない。ともすれば、リオを見ていたと思う意思自体がバラバラにほどけ、混沌に飲まれてしまいそうな感覚がある。
(お前、そんなこと考えていたのか)
声を殺して肩を震わせ続けるリオを見て、コウマはそう思う。
(俺が、じゃあ代わってやるっていやあ、お前、そんな風に泣かないで済むのか? お前の不安や苦しさがぜんぶ失くなるのか?)
代わってやりてえなあ、と混濁する意識の中でコウマは思う。
(お前の辛さも苦しさも全部代わりに背負ってやるからさ)
(俺、お前のためなら何でも出来るからさ)
(お前が幸せになるためなら何だってやるからさ)
だから泣くなよ、リオ。
そんな風に。
俺、お前のことがさ……。
薄く瞳を開けて自分のほうに手を伸ばそうとするコウマの姿を見て、リオはハッとしたように立ち上がる。
「コウマ……? 気が付いたんですか? コウマ……?!」
リオは立ち上がって、のしかからんばかりの勢いでコウマの顔を覗き込む。
コウマは自分を見つめる翠の瞳をジッと見た。その瞳の端に浮かぶ涙の名残を見つめる。
コウマがまだ半覚醒の状態であることを見てとると、リオは「医者を呼んできます」と言って、慌ただしく座を外した。
その姿を見送ると、コウマの意識は再び不鮮明なモヤの中に吸い込まれた。
★次回
第245話「俺が決めたこと」