第241話 援軍の到着
7.
「お、お前ら、何だ、出ていけ! 出ていかんか!」
隊長は叫び、兵士たちも威嚇するように槍を振りかざす。
先頭を固めている集団は、明らかに訓練された戦士のようで、逆に兵士たちを殴り飛ばしていく。
「ふん、偉そうにふんぞり返っているだけのお飾りが。本物の戦士を舐めるんじゃないよ!」
「アストウ!」
真っ先に部屋に飛び込んできて、兵士を叩きのめした人間の姿を見て、レニは叫んだ。
部屋の中に飛び込んできた集団は、いで立ちからアストウと同じ、イルクードの人間であることが見てとれる。
「レニ!」
アストウは飛び掛かって来る兵士を楽しげに殴り、蹴り飛ばしながら、レニの下へ駆け寄ってきた。
イルクードの集団が兵士たちを圧倒する中、入口からは棒や鍬、鎌を手に持った近隣の村の人々が押し寄せて口々に野次を飛ばし始めていた。
その様子を見て、アストウは呆れたように言う。
「あの司祭、随分恨まれていたんだねえ。やりたい放題だったみたいだからね」
「うん……みんな、最初は怖がっていたけど、このままでいいのかって言ったら来てくれたんだ」
コウマから連絡を受けたレニは、すぐに村に向かった。
公然とかどわかしのようなことまでする、司祭の横暴にこのままずっと従うつもりか。
レニがそう説得すると、村長は最終的には抗議をする決意をし、同じ教区の近隣の村にも呼びかけを行った。
アストウは感心したようにレニの顔を見る。
「村の人間なんていうのはたいてい事なかれ主義なのに、こんなに大勢動かしちまうなんて。あんた、凄いね」
「アストウこそ、ありがとう」
レニはアストウに笑みを向けた。
「イルクードの人を呼んでくれて」
「礼ならあいつに言ってやってよ」
アストウはにやりと笑い、冷静な体裁きで兵士たちをいなしている長身の黒髪の男を指し示す。
「あいつが今のイルクードの頭だからね。ランス、っていうんだけど。仲間を連れてきてくれたんだ」
「そうなんだ」
「リオが危ないって言ったらね、すっ飛んできたよ」
「え……?」
「おっと、何すんだよ!」
怪訝そうにレニが聞き返した瞬間、アストウは背後から迫ってきた兵士の胸に肘打ちを叩き込む。
実戦経験に圧倒的に差があるためか、兵士たちはすぐに抑えつけられ縛り上げられた。
司祭も捕らえられて、皆の前に引き出される。
「き、貴様ら! 蛮族どもと手を組み、このような狼藉を働くとは! お前らの罪は、もはや未来永劫許されん! 神の怒りに打たれて死ぬがいい!」
司祭は自分を取り囲む村人たちを見て、顔を真っ赤にして口角泡を飛ばす。
「まったく、こんな状況だってえのに随分、威勢がいいねえ」
呆れたように肩をすくめたアストウを始め、イルクードの人間たちは大道芸でも眺めるかのようにニヤニヤと笑って司祭を見ている。
だが村人たちは、怒りに高揚しながらも、どこか司祭を畏れその言葉に圧倒されたように押し黙っていた。
村長が思い切ったように、口を開く。
「司祭さま、私どもは神の教えや教会の威光に逆らおうとは思ってはおりません。村の者はみんな、一日一日を生きるだけで精一杯なのです。もう少し慈悲深く接していただければ、と……ただ、それだけを……」
「痴れ者が!」
相手が及び腰だと見てとると、司祭は居丈高に声を張り上げる。
先ほどまでの威勢が嘘のように身をすくませる村人たちを見て、威厳をかき集めて胸を張る。
「お前らごときが、神の裁断に異を唱えるのか」
「け、決してそういうわけでは……」
慌てて首を振る村長の姿を見て、アストウは苛立だしげに赤い髪をかく。
「なあにが神の裁断だ。あんな欲の塊が服を着て歩いているようなジジイに、そんなものがわかるわけないだろ。何だってあんなにビビっちまうんだい。陸の奴らのやることは、訳がわからないよ」
もどかしげに呟くアストウに、隣りに立っていたランスが落ち着いた声で答える。
「信仰は理屈じゃない。俺たちの風習や考え方も、陸の人間から見れば理解できないものだろうからな」
「んな、のんきな……」
アストウは歯噛みをして、辺りを見回す。
「ここはいっちょ、あたしらであの司祭を締め上げようよ。ねえ、レニ……あれ? レニ?」
アストウはそこで初めて、レニがいなくなっていることに気付いた。
室内を見渡すアストウに、ランスが声をかける。
「赤毛の娘なら、捕まっていた仲間を外に連れて行ったぞ」
「そっか」
コウマ、無事だといいけど、とアストウは口の中で呟く。
再び室内に視線を向けると、司祭が完全に優位を取り戻していた。小さくなっている村人たちを恫喝している。
「全員、背信者として吊るしてくれるわ。お前らの魂は未来永劫、この世の終わりまで救われぬ。どこにも行き場なく、悪霊としてさ迷い続けるがいい」
司祭が朗々と脅し文句を叫んだ瞬間、人々をかきわけるようにしてレニが司祭の前にやって来た。
司祭は眉をつり上げて、目の前に現れたレニに向かって人差し指を突きつける。
「小娘! 一番はお前だ。この悪魔め! お前など地界で魂を焼かれてもなお足らん。後でたっぷり鞭を食らわしてやる!」
「何が悪魔だ」
レニはハシバミ色の瞳を怒りで燃え立たせて叫ぶ。
「コウマにあんな……あんなひどいことをしておいて」
司祭は露骨に蔑みに満ちた目でレニを見る。
「あれは盗人の汚れた魂に対する正当な罰だ」
「正当な罰……だって?」
司祭の唇に、薄い笑いが漂う。
「肉体が罰を受ければ、穢れも消滅する。穢れた体から解放された魂は、新たな肉体を得て生まれ変わることが出来る。それは神の慈悲だ」
「慈悲?」
「そうだ」
司祭は室内にいる村人たちの顔を、ゆっくりと見回す。
「私がお前たちに与える苦痛は慈悲だ。苦しめば苦しむほど、お前たちの魂は浄化され清められていくのだ」
「苦しめることが……慈悲だっていうの?」
怒りで押し殺された声で呟いたレニに、司祭は嘲笑を投げつける。
「お前にも慈悲を与えてやっても良いぞ? 小娘。神の御心は果てなく広いからな」
レニは無言で司祭の顔を睨みつける。
司祭の顔には、今や余裕すら漂っていた。頭の中では既に、目の前の生意気な小娘をどのようにいたぶるか、村人たちにどのような罰を与えて締め上げるかを考え始めていた。
司祭がさらに口を開こうとしたその時、
「なるほど、話はよくわかった」
物静かな声が告解室の中に響いた。
自然に人込みが左右に分かれて、部屋の入口から司祭の前まで道が作られる。
後ろに供の僧を引きつれた小柄な老人が、年に似合わぬしっかりと足取りでその道を歩いてきた。
胡乱そうな顔つきをしていた司祭の顔は、その姿を見た途端、みるみるうちに青ざめていく。
小柄な老人が目の前に来ると、司祭は呆然とその顔を仰ぎ、床に手をついた。
「きょ、教区長……な、なぜ、ここに」
★次回
第242話「あなたをどこかで」