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第240話 立ち回り

6.


「ひっ……!」


 怯んで体を縮めた司祭の背後に回り込むと、容赦のない力で腕を捻じ上げる。

 ありえべからざる角度に腕を捻られて、司祭は悲鳴と共に手に持っていた革の鞭を取り落とした。


「ギャあああっ! い、痛い! 痛い!」

「動くな!」


 司祭の腕を逆手に捻り上げたレニは、二人の兵士を睥睨へいげいして一喝する。


「武器を地面に置け! 置いたら私の足下に寄越せ!」


 躊躇う兵士の姿を見て、レニは司祭の腕をさらに捻り上げる。


「い、痛い! や、止め……! ギャあああっ!」

「部下に私の言うとおりにするように伝えて。伝えなければ、このまま腕を折る」

「ヒイイっ、お、お前ら、この娘の言うとおりにしろ! は、早く!」


 二人の兵士は慌てて槍を下に置いて、レニの足下に転がした。


「腰についているナイフもだ。早くして!」

「いっ! いだ……っ! いだいっ! いだいぃぃっ!」


 レニは転がされた武器を足で自分の背後に回収すると、司祭を捕らえたまま慎重に壁際まで下がった。


「そっちの人は、両手を頭の後ろに回して腹這いで床に伏せて。そっちの人は、捕らえている人を解放しろ」


 レニは二人の兵士を睨んで、低い声で続けた。


「少しでも動きが遅かったり逆らったりしたら、そのたびにこの人の指を一本ずつ折る」

「ひっ……!」


 顔をひきつらせた司祭に、レニは背後から囁く。


「折られたくなければ、部下にサッサと動くように伝えて」

「お前たち、早く! 早くしろ!」


 躊躇っていた二人の兵士は、司祭の悲鳴のような命令を聞くと、慌てて動き出す。一人は頭を後ろに組んで床に腹這いになり、もう一人は吊り上げられていたコウマの手首から手枷を外し始める。


 レニは司祭を捕らえたまま、素早い眼差しを時折扉の外へ向ける。

 司祭の指を握った手に力を込めた。


「部下に急ぐように伝えたほうがいいんじゃない? 指は十本あるから、一本試してみる?」

「止め……っ! 止めろ! お、お前、早く! 早くしろ! 早くそいつを下ろせ!」


 司祭が叫んだ瞬間に、コウマをつないでいた戒めはすべて解かれ、血まみれになった小柄な体が地面に崩れ落ちる。


「コウマ!」


 レニは叫んだが、地面に倒れ伏した体はピクリとも動かない。

 レニは一瞬唇を噛んだが、司祭の首に手を回し、首を鷲掴みにする。その手が軽くしまった瞬間、司祭は呼吸が出来なくなり、大きく息をあえがせた。


「兵士に、あの人を担いで運ぶように言って。少しでも逆らえば、お前を殺す」


 司祭は喉からヒューヒューと苦し気に細い息を吐き、恐怖で見開いた目から涙を流しながら、兵士にコウマを担ぐように命令する。

 兵士は慌てて、コウマの体を抱え上げる。わずかにコウマの口から呻き声が漏れた。

 一刻も早く手当をしなければ。

 そう思い、レニが次の命令を下そうとした瞬間、何人かの人間がこちらに向かって来る気配を感じた。

 兵士の一団が戸口から入って来る。


「し、司祭さま!」


 部屋の中の状況を見て、先頭にいた隊長らしき男が驚愕の叫びを上げる。


「き、貴様あっ!」

「動かないで!」


 レニは司祭の腕と首を締め上げて叫んだ。

 司祭の口からは再び悲鳴が漏れる。


「道を開けて! 私と仲間を外に出してくれれば、司祭は解放する」

「何をたわけたことを!」


 レニの言葉に、隊長は大声を上げる。


「司祭さまはとっくに神に自らを捧げておられる。『悪』を滅するためならば、喜んでご自分を犠牲にされるだろう!」

「なっ……なっ」


 隊長の言葉に、司祭は目を白黒させる。

 何か言おうとしているが、とっさに言葉が出てこないのか、意味もなく口を開閉させているだけだ。

 

「ふ、ふざけるな。は、早く私を助けぬか! 私は神の代理人だぞ!」


 ようやく出てきた司祭の言葉は、しかし隊長にまったく感銘を与えなかった。

 薄く笑い、わざとらしく首を振る。


「ご安心下さい。司祭さまの尊いこころざしは、我らがしかと受け継ぎますゆえ」

「なっ、何だと……!」


 隊長が司祭の安否をまったく気にしていないのは、明らかだった。

 この状況は厄介だ。

 レニはギリっと歯を食いしばる。

 兵士たちも司祭が死んで罪に問われないとなれば、隊長の命令に従いそうだ。

 自分一人であれば、司祭を盾にして血路を切り開く自信はある。だが意識のないコウマを連れては……。

 隊長はフンと小さく笑い、背後の部下たちに合図した。


「捕らえろ!」


 いちかばちかここで立ち回るしかない。

 レニは司祭の首から手を放して、腰に差したナイフに手をかける。

 

 そう思った瞬間、再び部屋の外が騒がしくなった。


「何だ、どうした?」


 隊長の気が一瞬逸れたその隙を、レニは見逃さなかった。

 剣で素早く司祭の瞼を切ると、その太った体を突き飛ばす。


「目が……っ! 目が……目が見えん!」


 情けない声を上げて転がる司祭には構わず、レニは真っすぐに隊長のほうへとびかかる。


「なっ……!」


 慌てて腰の剣を引き抜こうとした男に向かって、靴から引き抜いた針を飛ばす。反射的に伏せごうとした男の腕に突き刺さった。


「こ、この小娘が! お前ら! ぼさっとしているな。そいつを捕まえろ!」


 隊長は針が食い入った腕を押さえながら、室内にいる兵士たちを大喝する。

 目まぐるしく変わる状況についていけていない兵士たちは、その声に突き飛ばされたように、慌ててレニに飛びかかる。

 

 いったん、引くしかないか。


 そう思い、レニが兵士たちに向きなおった瞬間。

 室内から叫びや怒声が聞こえ、兵士たちを押し倒すようにして大勢の人間が室内になだれ込んできた。


★次回

第241話「援軍の到着」

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