第239話 それだけは伝えたかった。
(あなたは一度も……ただの一度も、俺が男だと疑ったことすらなかったでしょう?)
(俺のことを見もせず知りもせず、ただ姿形がいいから寄ってきて、俺がそれを有難いことだと思うはずだ、喜んで自分のモノになるはずだと思っている)
(あなたたちはみんなそうだ)
(俺がどれだけあなたたちを憎んで嫌っているか、あなたたちの振るまいに怒りを燃やしているか、知ろうとすらしない)
嫌悪と憎悪に染まった悲鳴のような叫びを上げるリオの姿を、コウマは思い浮かべる。
(俺は……あなたに、俺の目の前からいなくなって欲しかった)
翠色の瞳にコウマのことだけを映して、リオはそう言った。
(初め会った時から、ずっと……ずっと、そう思っていた)
そうか。
と、コウマは心の中で思う。
そうか、そりゃそうだよな。
俺、お前の気持ちなんて何も考えたことがなかったもんな。
コウマは、怒りと屈辱で細い体を震わせるリオを思い浮かべながら思う。
お前に初めて会った時は、こんな美人にお目にかかれてラッキー、って思っていたしな。
お前が俺のことをうざく思っている、本当はレニと二人で旅をしたいと思っているのもわかっていて、そんなこと何も気にしないで、お前に話しかけまくっていたもんな。
お前が俺のことを嫌っても、いなくなれって思っても当たり前だ。
悪かったよ、リオ。
もう、俺、いなくなるからさ、んな顔すんなよ。
そんな不安そうな顔、するなよ。
何がそんなに不安なんだよ、レニはあんなにお前に惚れているのに。
お前がそんな顔すっから、俺は俺がいたほうがいいんじゃねえかな、少しはお前の気も紛れるんじゃねえかな、俺だっていざという時はお前のことを助けてやれるんじゃねえか、って思っちまうんだよ。
ははは、それがうぜえのか。
あーあ、お前ともう話せねえのか。
お前は、俺がお前のことなんて何も考えていなくて、美人ってだけで気に入って、お前が男だって知ったら、うわあ男を好きになっちまったって、お前のことを気持ち悪い奴と思っている。
お前は、この先ずっとそう思ったままなんだな。
お前の中で俺はずっとそういう男なんだな。……そういう男に近寄られたことに……お前はまた苦しむんだな……。
コウマは、目の前に浮かんだ、火を噴くような怒りの眼差しで自分を睨むリオに向かって言う。
俺は軽薄で女好きでアホな男かもしれないけれど……お前は、だから俺はお前を好きになった、って思っているだろうけど……。
俺がお前を好きになったのは……。
それだけはお前に伝えたかった……な。
「ふっ……ふん」
ガックリと項垂れたコウマを見て、肩で荒々しく息をついていた司祭は鞭を振るう手を止める。
「気絶しおったか。まだまだ……もっといたぶってやるわ」
司祭は憎々しげに血まみれのコウマを睨みつけていたが、ふと何かに気付いたように顔を扉のほうへ向けた。
「何だ? 騒がしいな」
微かにだが大勢の人間が争っているような喧騒の気配が、扉ごしに伝わってくる。
司祭は脇に控えている兵士に、「外を見てこい」と命じようとした。
ちょうどその時、扉をノックする音が響いた。
「失礼します。司祭さま、外に暴徒が押し寄せております!」
切羽詰まった甲高い声で言われ、司祭はギョッとして目を見開いた。
「ぼ、暴徒だと?」
慌てて扉の外に声をかける。
「どういうことだ! 中で報告しろ」
「はっ!」
返事と同時に扉が開き、小柄な人影が素早く司祭のほうへ近寄る。
「一体、外はどうなって……」
司祭はそこまでしか言葉を紡ぐことが出来なかった。
目の前で膝まづいて報告を始めると思っていた人影は、入ってくるなり司祭に飛びかかった。
★次回
第240話「立ち回り」