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第238話 死ぬかもしれないけれど。

「なっ……!」


 兵士たちが驚愕の叫び声を上げる。

 反射的に目を開くと、見慣れた小柄な背中が目に入った。槍の穂先をかいくぐり、難なく二人の兵士の体を雪に覆われた地面に沈める。


「レニさま!」


 リオの呼びかけに、レニは目線だけを動かして答えた。


「リオ、そこでジッとしていて!」

「な、何だ、お前は!」


 脅すように突き付けられた槍の穂先をレニは素早い動きでよけ、兵士の懐に潜り込み、肘でみぞおちを痛打した。

 苦痛の叫びと共に、兵士は槍を取り落とす。


「きっ、貴様……っ」


 レニはさらに低い姿勢を取り、もう一人の兵士の膝に足払いを喰らわせる。バランスを崩した兵士の上体にのしかかるようにして、兵士の頭を地面に打ちつけた。

 兵士が昏倒したことを見てとると、素早く起き上がり、もう一人の兵士のほうへ向き直る。


「この……っ!」


 兵士は片手でみぞおちを押さえたまま、地面に落ちた槍を拾おうとした。

 その瞬間、リオが素早く地面に落ちた槍を、足で勢いよく蹴とばした。

 

「なっ……」


 兵士は反射的に、転がった槍のほうへ視線を向ける。

 レニはその一瞬を逃さなかった。

 体を斜めに傾げた兵士の首筋に、強烈な蹴りを見舞う。兵士は白目をむき、その場に仰向けに倒れた。

 

 二人の兵士が気を失っていることを確かめると、レニは懐からテグスを取り出し、兵士たちを後ろ手にして両方の親指を結び合わせる。

 二人が目を覚ましても当分はこの場から動けないだろうと確認すると、槍を抱えているリオの下に駆け寄った。


「レニ……」


 口を開くと同時に、レニが勢いよく飛びついてきた。

 リオの存在を確かめるように、華奢な体をしっかりと抱きしめる。


「リオ……良かった、無事で」

「レニさま……」


 レニの小柄な体は微かに震えていた。

 リオは赤い髪に唇をつけ、空気に溶けそうな淡い声で謝罪の言葉を口にする。

 レニは首を振るとリオから離れ、鉄製の扉に近寄った。


「リオ、この先に通用門がある。そこに村の人たちがいるから」


 レニは扉の錠を外しながら、笑顔になる。


「アストウもいるよ」

「アストウが?」


 レニは頷いた。


「村の人から連絡をもらった後に、すぐにアストウに知らせたの。イルクードの人たちにも協力を頼んでくれたんだよ」


 レニは鉄の扉の取っ手に手をかけた。

 先ほどまでビクともしなかった扉は、何の抵抗もなく開く。


「レニさま」


 通用門のほうへ行くように目顔で促されて、リオは胸の前で拳を握り締める。

 怪訝そうなレニの前で、リオは押し殺した声を吐き出した。


「コウマは……俺を助けに来て捕まったんです」


 リオは俯いて唇を噛み締める。


「俺のせいで……コウマは」


 レニは、リオの心に寄り添うように震える腕にそっと触れた。

 顔を上げたリオに微笑みかける。


「リオ、待っていて。コウマは私が助けるよ」

「レニさま……」


 レニはリオの体を優しく扉の外へ押しやる。

 不安そうなリオに、笑顔で頷きかけた。


「必ずコウマと一緒に戻るから」


 そう言って、レニは屋敷に向かって駆けだした。


 

5.


 肌を切り裂く刃のような水の冷たさによって、コウマは意識を取り戻す。

 同時に痛みが全身に駆けめぐり、体中が悲鳴を上げる。

 殴られて腫れ上がった頬が熱された鉄を当てられたように痛んだ。口の中には、まだ血の味が残っている。


 リオを逃がしたあと、すぐにコウマが立てこもった部屋の扉は破られた。

 部屋になだれ込んできた兵士にさんざん殴り蹴られ、ボロ雑巾のような状態のまま、礼拝堂の奥にある告解室に引きづるように連れて行かれた。

 そこで天井から吊るされ、革鞭で体中を打たれた。


 コウマが目を覚ますと同時に、司祭が兵士に命じて顔を上げさせる。

 

「どうだ、誰に雇われているのか、喋る気になったか」


 司祭は、コウマがただの盗人ではなく、自分の身辺を探るために誰かの命令で忍び込んだと思い込んでいた。

 告解室に連れて来られてから、目的は何なのか、誰の指金か、と繰り返し問われている。

 猜疑に満ちた酷薄な眼差しを向けられて、コウマはかすれた声で呟く。


「だから……知らねえって。俺は金目のものがあったら、ちょっくら恵んでもらおうかなって、魔が差しただけで……」


 鞭が空を切る音が鳴り、次の瞬間焼けつくような痛みが背中を襲う。

 コウマは唇を噛んで耐えたが、二、三度打たれるうちに、食いしばった歯の隙間から呻き声が漏れた。

 再び意識が暗転する直前、司祭が片手を上げる。兵士たちは、鞭を振るう手を止めた。


「どうだ? 話す気になったか?」


 冷たい声で問われて、コウマはしばらく黙った。

 コウマの沈黙を、屈服の一歩手前の迷いと取ったのか、司祭は顔を近づける。それから先ほどよりも、柔らかい声で囁いた。


「何もかも懺悔すれば赦してやるぞ? お前のような虫けらでも、悔い改めれば神の慈悲は注がれる」


 コウマは震える唇を動かし、かすれた呟きをもらした。

 司祭はその音に誘われたように、満足そうに顔を近づける。


「そうだ、大人しく話しさえすれば許してやる。何なら褒美を与えてやっても良いぞ」


 精一杯優しげな様子を装う司祭の顔をコウマは見つめ、次の瞬間、視線をそらしてプッと噴き出した。

 司祭は呆気に取られた顔つきになった。一見穏和そうな顔がみるみる怒りに染まっていく。


 司祭は目を血走らせ、カッとなったようにコウマの顔を平手で力任せに殴りつけた。

 天井から吊られたコウマの体は揺れ、口からは血が飛んだ。

 項垂れたコウマに、司祭は憤怒に染まった罵声を叩きつける。


「下等な虫けらが! 神の代理人たる私を侮辱するのか!」


 司祭は兵士の手から鞭をひったくると、狂ったようにコウマの体に打ち始めた。


「貴様など、殴り殺してくれるわ!」

(やべえ……)


 意識が飛びそうな痛みに苛まれながらも、コウマは冷静に自分の体の状況を考えて、苦い笑いを漏らした。


(こりゃ……死んじまうかもな)


 薄れる意識の中で、幻のようにリオの姿が浮かんだ。

 それはこれまでずっとそれがリオだと信じて疑わなかった、優美で大人しやかに見える美しい少女ではない。

 今まで味あわされてきた理不尽な仕打ちに、全身から暗い憤りを発する少年の姿だった。

★次回

第239話「それだけは伝えたかった」

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