表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
238/256

第237話 もう一度、聞いて欲しい。

4.

 

 地面に降り立ったリオは、目の前を上っていく布製の縄を呆然と見上げた。


「コウマ!」


 露台から身を乗り出したコウマが叫ぶ。


「リオ! 裏の通用門だ。わかったな! 行け! 早く!」


 その声を聞いた瞬間、わかった。

 コウマは初めからリオを逃がすために、自分が部屋に残って時間を稼ぐつもりだったと。


「コウマ……」


 リオは上にいるコウマの姿を見つめる。

 いくら見ても、コウマがどんな表情をしているかわからなかった。


「馬鹿! 早く行けっつってんだろ!」


 再び怒鳴られて、リオは痛いほど拳を握りしめ、身をひるがえして駆け出す。

 助けを呼びに行かなければならない。

 コウマを救うために自分ができることはそれだけだ。


 いつもそうだ。


 長衣の裾をからげて必死に走りながら、リオは思う。


 自分は無力で何をすることも出来ない。

 物のように人にやり取りされることに抗うことも出来ず、レニに、コウマに、助けてもらうだけだ。


(コウマ……)


 脳裏に、「男だ」という自分の告白を呆気に取られた顔で聞いていたコウマの顔が浮かぶ。

 コウマは不思議なほど、リオが男だったことに驚いていなかった。

 気付いていたわけでもなく、知っていて黙っていたわけでもなく、ただただそこに関心がないように見えた。


 月明かりの中を走りながら、リオは強く拳を握りしめる。

 コウマが自分に強く惹かれていることを、リオは感じとっていた。

 だが他の多くの男とは違い、コウマはリオに深く恋をしていながら遠慮なく物を言ってきた。

 リオも、レニに言えないことでさえ、コウマには言うことが出来た。

 レニを思う苦しさや、女でいさせられることへの不安や怒りをぶつけることもできた。

 コウマはリオの複雑でねじれたその感情の発露のしかたに呆れながらも、当たり前のものとしてそれを受け止め許してくれた。


 さっきも……。

 

 リオは司祭の寝室でのことを思い出して、唇を噛む。


 コウマに言ったことは嘘ではない。ずっと、自分が考えていたことだ。

 だが言葉にすると、自分が考えていたことは本当にこんなことだったろうか? と思う。

 本当に、こんなことを伝えたかったのだろうか?


(……お前の言うとおりかもしれねえ)

(悪かった、リオ)

(ここから出たら、俺はまた旅に出る)

(お前らとも会うこともねえだろ)


 違う。


 心に浮かんだコウマの姿に向かって、リオは叫んだ。


 俺があなたに言いたかったのは、そんなことじゃない。

 俺があなたに伝えたかったことは、全然別のことだ。

 コウマ、お願いだ。

 もう一度、俺の話を聞いて欲しい。

 俺がずっと……あなたに会った時から……何を思っていたかを。


「おい」


 不意に声が響き、思考を断ち切られた。

 反射的に振り返ると、軽装備を身に付けた警備兵が二人、槍を構えて立っている。


「誰だ、お前は。ここで何をしている?」


 槍の穂先を突き付けられて言葉に詰まるリオを見て、もう一人の兵が言った。


「司祭さまの私邸に入り込んだ賊の仲間じゃないか」


 二人の兵士は、月明かりに浮かび上がったリオの姿をジロジロ眺める。


「怪しい奴め、こっちに来い」


 男たちが伸ばしてきた手から逃れるように、リオは身をひるがえして駆け出した。

 激しい運動に慣れていないため、すぐに息が荒くなり胸が苦しくなる。

 それでも、立ち止まるわけにはいかなかった。

 自分のためだけならば諦めてもいい。この世界から逃れられず閉じ込められても構わない。

 だが今は、コウマの命がかかっている。

 身の危険を顧みずに自分を助けに来てくれ、今も身を挺して助けてくれた人の命が。


「こら、逃げるんじゃない!」

「大人しくしろ。大人しくすれば、手荒な真似はせん!」


 男たちの叫びを振り切るようにリオは駆け続けた。

 目の前に高い塀が見えてきた。

 あの塀の手前を曲がれば、裏手の門にたどり着くのではないか。

 そう思い、無我夢中で角を曲がった瞬間、リオはハッとした。

 行く手には人が一人通れるくらいの、閉ざされた鉄製の扉があった。

 リオは扉の取っ手に飛びつき、何度も動かす。だが取っ手がガチャガチャと鳴るばかりで、扉はピクリとも動かなかった。


「いたぞ!」

「手間をかけさせやがって」


 リオは取っ手に手をかけたまま、振り返る。

 槍を構えた二人の兵士が、ジリジリと距離を詰める姿が見えた。


 「男に生まれかわって」も、結局自分は無力だ。


 迫ってくる男たちの姿をなす術もなく見ながら、リオは思う。


 自分を捕らえる力に抗うことも、自分のために犠牲を払ってくれた人を救うことも出来ない。


 男たちが手を伸ばしてくるのを見て、リオは固く目を閉じる。

 暗く閉ざされた闇の中で、小柄な赤毛の少女の姿だけが浮かんだ。


 レニ……コウマを助けて。

 お願いだ! レニ。


 そう祈った瞬間。

 不意に自分と兵士たちのあいだに、何かが飛び込んできた。

★次回

第238話「死ぬかもしれないけれど」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ