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第235話 ずっとそう思っていた。

3.


 呆然とするコウマを見つめて、リオはうっすらと微笑んだ。


「生まれ変わったんです」

「生まれ……変わった?」


 呆気にとられたコウマの顔を、リオはしばらく眺めていた。そして不意に白い喉をそらして笑い出した。


「俺は男に生まれ変わったんですよ、コウマ。男にさんざんもてあそばれた薄汚い肉体の穢れを落として、神聖な儀式であるべき姿に戻ったんです。やっと……やっと、男になれた。やっと戻れた、俺自身に」


 驚きの余り声を出せず、ただ自分を見つめ返すコウマを見て、リオは形のいい唇を嘲りの形に歪めた。

 妖しい光を帯びた翠色の瞳でコウマを見つめ、両手を差しのべる。


「どうですか、コウマ。どこからどう見ても、俺は男でしょう? あなたと同じ。あなたは俺が男でも、まだ俺を手に入れたい、抱きたいと思うんですか?」


 見開かれたコウマの瞳がわずかに震える。

 リオはおかしそうに笑った。


「あなたが俺をどう思っていたか、知らないとでも思っていたんですか? 知っていますよ、全部。あなたがどれだけ俺と寝たいと思っていたか、俺があなたのことなんて鼻にも引っかけていないから、冗談で誤魔化していたことも」


 凍りついたように動かないコウマを見つめるリオの瞳が、半ば蔑むように半ば誘うように潤いを帯びる。


「これまでのあなたが俺にしてくれたことへの礼に、一回くらい寝てもいいですよ。俺はあなたが好きになった、大人しくて優しくて従順な女ではなく男ですが」


 言った瞬間に、リオはとてつもなく面白い冗談を聞かされたように声を上げて笑い出した。

 リオが「声を上げて笑う姿」を見たのは初めてだった。

 リオは美しい口許を笑いで歪めたまま叫ぶ。


「どうですか? 今の気持ちは。自分の間抜けさ加減が嫌になっているんじゃないですか? 俺のことが忌まわしいでしょう、まさか、ずっと女の振りをしていたなんて」


 なおも笑い続けるリオの目元に、涙が浮かぶ。


「あなたは一度も……ただの一度も、俺が男だと疑ったことすらなかったでしょう? 俺のことを見もせず知りもせず、ただ姿形がいいから寄ってきて、俺がそれを有難いことだと思うはずだ、喜んで自分のモノになるはずだと思っている」


 リオは震える唇を噛みしめて、火を吹くような眼差しでコウマの顔を睨みつけた。

 その強い輝きを、コウマは魅せられたように見つめる。


「あなたたちはみんなそうだ。自分が俺をどう思うかにしか興味がない」


 翠色の色彩を帯びた瞳の底には、燃えたぎるような怒りと憎しみが揺れていた。


「俺が一体、あなたたちをどう思っているかなんて、一度だって……ただの一度だって想像したこともないでしょう! 俺がどれだけあなたたちを憎んで嫌っているか、あなたたちの振るまいに怒りを燃やしているか、知ろうとすらしない!」


 リオは声を途切らせて、瞳に浮かんだものを見られまいとするかのように、顔を背けた。

 呆然と立ち尽くすコウマの前で、リオはしばらく黙りこむ。

 永遠とも思える長い時間のあと、リオは、唇から掠れた声をもらした。


「俺は……あなたに、俺の目の前からいなくなって欲しかった」


 これまでほとんど動かなかったコウマの眼差しがわずかに揺れた。

 顔を背けたまま、リオは薄闇に向かって囁く。


「初め会った時から、ずっと……ずっと、そう思っていた」


 コウマは無言でいた。

 微かに震えるリオの横顔を、その硝子細工のように美しい白く華奢な肢体を、ただ見つめる。

 薄闇の中に立ち尽くすリオの姿を、コウマは飽くことなく眺め続けた。


 しばらくそうしたあと、コウマは無言で歩き出す。ハッとして顔を上げたリオの横を通り過ぎ、寝台の天蓋から下がっているとばりをナイフで切り裂いた。

 それを縄のようにしぼり、長く裂いてつなぎ始める。

★次回

第236話「やっと守れた」

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