第234話 お前、男だったのか。
2.
執事の足音が遠ざかったのを確認すると、コウマはソッと部屋の外へ出た。
邸内は、豪奢だがどこか陰気で、薄暗い秘密めかした雰囲気が漂う。
執事が階段を上っていく姿が見えた。
コウマは気付かれないように、薄闇の中を後をつけていく。
三階に上がると、置かれている調度や内装がずっと華美でちぐはぐなものになる。表向きの装いに隠された心の奥底に踏み込んだような、そんな感覚があった。
執事は三階の一番奥の、レリーフが彫りこまれた豪華な両開きの扉の前で立ち止まった。
廊下の角から覗くと、扉から出てきた司祭らしき年老いた男に向かって執事が頭を下げながら、何事かを訴えている。
「村の者か。わかったわかった、私が行って話すから騒ぐな」
司祭はうるさげに手を振ると、尊大な足取りで廊下を歩き出す。
執事は、綱に引かれる犬のように、小走りで跡に付き従った。
二人が通りすぎるのを見送ると、コウマは物陰から外に出た。
両開きの扉に駆け寄り、取っ手を押してみる。ゆっくりと開いた扉の隙間から中を覗く。
部屋の中は灯りが絞られて薄暗く、シンと静まり返っていた。
「リオ……いるか?」
コウマは密やかな声で囁いたが、応えはなかった。
部屋は司祭の私的な居間のようだった。
中央には上等な椅子と卓があり、奥の暖炉とマントルピースの上には、高値がつく逸品だと一目でわかる品々が置かれている。
薄明かりが灯っただけの室内には、人の気配はない。
室内を見渡すと、広い贅沢な居間の奥にさらにいくつか扉がある。
コウマは部屋に足を踏み入れると、扉を閉めて錠を下ろす。物の形がぼんやりとしかわからない室内を進んでいく。
(リオ……)
脳裏にリオのほっそりとした姿が浮かび上がる。
一体、いつからあの美しい少女をこれほど追い求めるようになったのだろう。
コウマ自身にもわからなかった。
ひとつわかることは、自分はずっとこういう風にリオを探し求めたいと思っていたことだ。
リオの身を案じ、常にその身を守り、いなくなれば当たり前のように取り戻そうとするレニに協力しながら、自分がレニの立場でありたかった。
そう思っていた。
奥の扉までたどり着くと、コウマはそこに耳を当てて中の気配を探る。
警戒を怠らないようにしながら、扉を開いていく。
広い部屋の中央に大きな天蓋付きの寝台が置かれていた。近くに灯された明かりによって、寝台の中だけが照らし出されている。
寝台の上には白く細い影があった。
「リオ……」
世界の中でそこだけ照らし出されたような真っ白なその姿を見つめて、コウマは呟いた。
「コウマ……?」
寝台の上の細い影はコウマの声が届いた瞬間体を震わし、ゆっくりと振り返った。
意外そうに見開かれたリオの翠色の瞳は妖しい光で濡れ、露になった白い肌は熱を帯び赤く上気している。
呼びかけに答えて振り返ったその顔から、コウマは目が離せなくなる
腰から下のなだらかな線を、我知らず目で追ってしまい、コウマは慌てて寝台に背を向けた。
「リオ、助けに来たんだ」
「……助けに?」
リオは寝台の上で呟いた。
「私を?」
背後から聞こえる虚ろな声に、コウマは頷く。
「司祭の奴が下にいる。今のうちに早く出るぞ」
「出る……?」
「ああ、あいつらに行き合わないように下に下りるか、窓から出るか……」
「コウマ」
不意にリオはコウマの言葉を遮った。
背後でリオが寝台から降り立った気配を感じて、コウマは反射的に振り返る。
何も身に付けていないリオの姿が目に入り、コウマは顔を背けようとした。
だが何か違和感を覚え、リオのほうへ視線を向ける。その瞬間、自分の中にわいた感覚の正体を悟った。
ほぼ隆起のない白い胸と下腹部に女性が持ち得ないものがあるのを見て、コウマは大きく目を見開く。
「リオ……お前」
驚愕にひび割れたかすれた声で、コウマは呟いた。
「お前……男、だったのか」
★次回
第235話「ずっとそう思っていた」