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第232話 リオを助けるために・1

1.


 橇は、悪路を凄まじい速度で進んでいく。

 荷台に身を潜めたコウマは荷物をつかんで体を安定させるが、それでもあちらこちらに体をぶつける。油断すると舌を噛みきりそうになる。


(下りた時にはアザだらけになりそうだな)


 橇が大きく曲がった瞬間、脇腹を荷物の角に打ちつけたコウマは、痛みをこらえながら思う。


 司祭の橇にリオが連れ込まれる様を目撃したあと、コウマはすぐに司祭が逗留している村長の家に向かった。

 司祭が一度そこに寄ればと思ったが、案に相違して司祭はそのまま住まいである神殿へと向かったようだった。


 村からの貢ぎ物や食糧を運ぶ顔見知りの男に、コウマは乗せてくれるよう頼み込む。

「荷下ろしを手伝う」と言う言葉をすんなり信じ、男はコウマに荷台に乗るように言った。

 それからかれこれ半刻ほど、荷台の中でもみくちゃに揺すられている。

 だが心の中はリオを案ずる気持ちのみで占められており、痛みや辛さを感じることはなかった。


 やがて橇が止まり、荷台を覆っていた幌が上げられる。

 外は既に夜のとばりが下りており、荷台の外には松明を持った何人もの男が行きかっていた。


「コウマ、出てくれ」


 荷運び役の男が声をかける。

 コウマは積まれた荷物の隙間から這い出て、荷台から外に下りたった。


「長旅ご苦労さん。大変だっただろう」


 男は人の良さそうな笑いを浮かべ、コウマの肩を叩く。


 コウマはカンテラを手に取ると、辺りを見回した。

 目の前には巨大な礼拝用の神殿があり、コウマたちがいる場所は神殿と隣り合っている司祭用の邸宅の裏手らしい。

 ところどころに取り付けられた灯りによって夜の中に浮かび上がる邸宅は、贅沢好きな貴族の館のように瀟洒しょうしゃでいかにも金がかかってそうな作りをしていた。

 コウマは館への出入りの様子をじっくり観察すると、手近な荷物を橇に乗せていく。


「屋敷の通用門まで橇で運んだら、そこから手分けして中に運びこめばいいだろ」


 コウマは何気ない動きで、他とは違い頑丈に梱包された品を手に取る。


「おい、それは橇に乗せちゃ駄目だ」


 荷運び役の男の言葉に、コウマは手の中の品を眺める。


「司祭に渡す『お清め品』か」


 男は頷きながら、皮肉な目付きで品を見る。


「何がお清めだが、とは思うがな。何のことはない、『清めてもらう』っていう名目でただ貢ぐだけだからな」


 コウマは手の中の品を包み越しに撫でたり、振ったり弾いたりする。


「これは何だ? 骨董品? 杯か」

「村長が街の市場まで行ってわざわざ選んできたらしいぜ。つまらない品だと、結局他の物を持っていく羽目になるからな」


 コウマは手の平の上で、品の重さや手触りを確かめて言った。


「銀……じゃねえな。軽すぎる」

「え?」


 困惑した表情になった男に向かって、コウマは言った。


「メッキを張っただけの紛い物じゃないのか? ちゃんと確認したのか?」

「そ、そんな。かなり高価な逸品だから、これで司祭もしばらくは満足するだろうって」


 慌てたような男の言葉に、コウマは眉をしかめて首を振る。


「神さま仕えの奴らなんざ、目ん玉がちゃんとついているのかも怪しいから誤魔化せるかもしれないけどな、万が一、バレたらコトだぜ」

「そ、そんな……」


 思いもよらぬことが起こり、男は対処するどころか何かを考えることすら出来ず、ひたすらおろおろしている。

 コウマはその姿をしばらく眺めていたが、やがて陽気な声で言った。


「俺が上手く誤魔化してやるよ」

「え……」


 いかにも自信たっぷりな様子で言うコウマを、男は半ば疑うようにだが半ば縋るような眼差しを向ける。


「で、出来るのか? そんなこと」

「任せておけって」


 コウマは何でもないことのように、気楽な口調で言う。

 自分では何ひとつ方策が思いつかない男は、結局はコウマに頼るしかないことが明らかだった。

 それでもまだ躊躇いが残っている男の肩を、コウマは親しげに叩く。


「万が一、これが偽物だってバレたら、俺の商売品のうちのひとつを代わりにやるよ。あの似非司祭は、そのほうがご機嫌になるかもな」

「そ、そうか」


 他に方法がない男は、自分を納得させるために何度も頷く。


「悪いな、面倒なことを押し付けて」

「いいってことよ。こういう時は持ちつ持たれつだろ」


 コウマは笑いながらポンポンと男の肩を叩くと、橇の引綱を持って歩き出した。

 しばらく歩いてから口の中で呟く。


「悪りいな。品物はちゃんと司祭に届けるからよ」


 荷物を乗せた橇を引き終えると、コウマは品物を片手に館の通用門に近づく。

 寒そうに体を震わせたり、軽く歩き回る二人の兵士に、陽気で愛想のいい、卑屈に見えない程度のへつらいを込めた声をかける。


「よっ、精が出ますね」


 寒さのせいか不機嫌そうな兵士たちは、胡散臭そうにコウマを見る。


「何だ、お前は。村の人間か」

「はい、司祭さまに素晴らしい献上品を持って来ましたよ」


 おどけたコウマの口調に、兵士たちは釣り込まれたように笑いを浮かべた。


「そうか。献上品か」


 兵士の一人が意味ありげに顎を撫でる姿を見て、コウマはすかさず懐から出した革袋を兵士の手に押しつける。


「まあまあ、これで一杯やってくれよ。あったかい火酒でもクイッとね」

「こりゃ悪いな」


 二人の兵士はニヤニヤ笑いながら、袋の中にチラリと視線を向ける。中身を見た瞬間、満足そうな顔になり、最初よりもずっと砕けた馴れ馴れしい様子になる。

 その空気を見て取ると、コウマは言った。


「司祭さまは自室ですかね。ぜひ、品を直接渡したいんだが、控えの間で待てばいいかな」

「そうだな。控えの間で待っていれば、従者かお付きの僧が案内するだろう」


 二人の兵士は頷いたあと、品のない笑いを浮かべた。


「ちょっと時間がかかるかもしれんがな」

「時間?」


 コウマの問いに、兵士たちは欲情を含んだ声で言う。


「今ごろ、村から連れてきた娘とお楽しみの最中だろうからな」

「この辺りの田舎娘とは思えないくらい、いい女らしいぞ」

「来る途中も放さず、ずっと可愛がっていたって橇隊の奴らが言っていたな」

「そりゃそうとう気に入ってんな」


 コウマは表情を隠すように、防寒具のフードを目深に被り直す。強く握りしめた拳の震えが治まったあと、陽気な顔つきを戻って言った。

★次回

第233話「リオを助けるために・2」

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