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第231話 拉致

7.


 日が落ち、辺りに薄闇が広がる時刻、コウマは仕事から戻ってきた。

 宿までの暗い道を辿りながら、そろそろこの村を離れなければと考える。

 その場所で荷を売りさばき、得た金でその地の特産品を仕入れ、次の場所へ行く。

 ずっとそうやって生きてきたのに、今は特に理由もなくこの村に残って日銭を稼いでいる。

 いや、理由はある。

 コウマは村の西に見える森に目を向ける。

 あの森の外れの小屋で、レニとリオは暮らしているはずだ。


 リオのために船に潜入し、その体をかついで船から歩いて来たレニの姿を見た時、「負けた」と思った。

 リオに対する気持ちだけならばレニに負けない自信はある。リオがもしレニのことを忘れられなくとも、レニを思い続けるリオの側にい続ける自信もある。

 だがどんなことをしても、どんなことがあってもリオを助け出す。その強い意思によって作られたあの力は、自分には持てない。

 リオを救い出したレニ。レニによって救い出されたリオ。

 再会した二人の間に、自分が割り込む隙などない。

 そうわかっていても、どうしても村から離れる踏ん切りがつかなかった。

 再会を約束せずに旅に出れば、この後二度とリオに会うことはないかもしれない。

 リオの気持ちが自分に向く可能性はない。それはわかっている。それでも気持ちを伝えたい。

 一度でいい。リオの翠の瞳に、自分だけを映して欲しい。


(未練だな)


 コウマはガリガリと黒い髪を掻いて、自嘲するように笑う。

 我ながら、こんなに未練がましい男だとは思いもしなかった。


 明日には二人が住む小屋を訪ねよう、そう決めて顔を上げたその瞬間、コウマは足を止める。

 冬の薄暗がりの中で、一か所だけ昼間のように明るい箇所がある。

 目をこらして見ると、一軒の家の前に黒幕で目隠しをされた貴人用の橇が止まっていた。目立たないようにしつらえてあるが、貴族や高位の聖職者がお忍びで使う物であることがすぐにわかる。

 周りを松明を持った兵士たちが取り囲んでいるため、その場所だけ周囲から浮かび上がるように照らされていた。


(司祭の橇か?)


 聖地から司祭が来ていることは、コウマも知っていた。

 表向きは俗世の者たちに祝福を与えるための旅だが、その実、貴族の放蕩と何ら変わりはない。「信仰のため」という建前がないぶん、貴族のほうがまだしもマシだ。

 聖職者に対しては、「神への寄進、奉仕」という名目で、無償で接待することを強いられるため、村にとっては迷惑でしかない。それでも機嫌を損ねればどんな難癖をつけられるかわからないので、村総出で精一杯のもてなしをする。

 この村にやって来る司祭は俗物で、酒、豪勢な食事、相手をする女と際限なく要求をしてくる。コウマのような流れ者の商人にとっては儲ける好機だが、この地に根付いてつつましく生きている人間にとっては災難だろう。

 それでも聖職者の中で最も厄介な、神の国を現世に作るために罪びとや魔物探しに余念がない者に比べればずっとマシだ。村の人間も金銭的な負担で済むならば、と我慢しているのが実情だ。


(坊さんって奴は、真面目なら真面目で、不真面目なら不真面目で厄介な奴らばっかりだぜ)


 まあそのおかげでこちとら儲かることもあるが、とコウマは内心で一人ごちる。

 しかし、一体何だってこんな場所にいるのか、と思った瞬間、コウマは危うく声を上げそうになった。


(リオ……?!)


 リオは、家の中から司祭に肩を抱かれるようにして出てきた。フードから覗く整った横顔は虚ろで表情が浮かんでおらず、まるで等身大の美しい人形のようだった。

 対してリオの横にいる司祭はひどく満足しきった表情をしており、リオの体を味わうように肩を執拗に撫でまわしている。

 司祭はリオをいざなうように、暗幕によって閉ざされた室内へ連れ込んだ。

 二人が中に入ると脇にいた兵士が、慣れた様子で扉を閉める。


「お、おいっ! 待てよ!」

「コウマ」


 走り出した橇を慌てて追いかけようとしたコウマを、顔見知りの村の男が呼び止めた。

 コウマは男のほうを振り返る。


「おい、今のリオだよな。避難小屋に住んでいる」

「……リオ、俺が村に連れて来たばっかりに」

「え……? 連れて来た? お前が?」


 ガックリと肩を落としている男の体を、コウマは飛びつくようにして揺さぶる。


「どういうことだよ? 何でリオがここにいるんだ」

「森で具合が悪くなっているところを見つけたんだ。レニは作業中だったから、治癒師の婆さんに見てもらおうと思って、俺が村まで連れて来た。そうしたら……司祭の奴が」


 打ちのめされたように項垂れる男の姿を見て、コウマは言葉を失う。

 だがすぐに、男に向かって言った。


「このことをレニに知らせろ。すぐに行け」

「で、でも……」

「いいか、出来る限り飛ばせ。急げ」


 何か言いかけた男の言葉を、コウマは強い言葉で遮る。

 男はそれ以上何も言うことが出来ず、何度か頷くと闇夜の中を駆け出した。

 男が駆け出すのを確かめると、コウマはすぐに橇を追うために走り出した。

 

★次回

第十二章「生まれ変わりの儀式(神殿編)」

第232話「リオを助けるために・1」

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