第230話 あなたの罪
6.
また夢を見ていた。
美しく着飾らせられ、男たちに供物として差し出される夢を。
寝台の上に横たわっていると手が伸びてきて、着ているものを一枚ずつはぎとられていく。少しずつ露になる肌を、男たちの手が撫で回す。
吐き気がするほどの怒りと嫌悪を感じているのに、体が痺れたように動かず、指一本動かすことが出来ない。
ただ寝台に横になって、されるがままになっている。
肌着を脱がされ上半身が露になった瞬間、男が息を呑んだのがわかった。信じられないと言いたげな驚きは愉悦に変わり、したたるような欲望になって空気を薄暗く澱ませる。
この淀んだ暗い世界は、生まれてからずっと自分が閉じ込められてきた牢獄だ。
美しい……。
男はうっとりと囁きながら、リオの肌を撫で、そこに口をつける。
肌が粟立ち、体の芯がぞくりと震える。
重い瞼を開き、かすれた声でどうにか抗いの言葉を吐こうとした。だが唇からは、音にならない息が吐き出されただけだった。
リオがぼんやりと瞳を開いたのを見て、司祭は笑った。
「驚いたぞ。まさか不浄の者であったとはな」
「不浄……」
リオは呟く。
司祭はリオの白い顔に口を寄せ、その頬や唇を吸い、味わいながら言った。
「安心するがいい。魔物として吊ったりなどしない。このまま大人しく頭を垂れて、慈悲を乞うておれ。素直に身体を開けば、お前のようにこの世に存在してはならない者でも、罪を洗い流すことは出来る」
「罪を洗い流す……?」
自分の罪と何だろうか?
そう思った瞬間、目の前に青い瞳を持った自分と瓜二つの容貌の美しい娘が現れる。
それは「寵姫」と呼ばれる姿をしたリオ自身だ。
寵姫は虚ろな笑みを浮かべたまま、問いに答える。
(決まっています。あなたの罪は、男たちに汚されるために造られた者でありながら、レニさまを手に入れたい、自分のものにしたいと望んだこと)
自分がレニを求めること。
それは罪なのか?
リオが問うと、寵姫は青い瞳に冷たい光を浮かべた。
(あなたはこのままずっと過去のことはなかったことにして、当たり前の男としてレニさまのお側にいるつもりですか? それが赦されることだと思っているのですか?)
それは「寵姫」の身に起こったことだ。
リオは吼えるように叫ぶ。
俺は「リオ」だ。
レニがそう名付けてくれた。
必死に叫ぶリオを見る寵姫の美しい顔は、半ば嘲るような半ば蔑むようなものになった。
(レニさまが王宮を出て旅をしようと言って下さったのは、私に対してです。あなたではない。あの方のお側にいて、一緒に旅をしたのも私です。あなたは私の陰に隠れていただけ。レニさまのお側に出る勇気もなく、コソコソとしていただけの癖に、さもずっとレニさまのことを思っていたような顔をして。あなたは、私がレニさまから頂いた思慕を、寄せてくださった同情を、与えられた信頼を盗み取っただけではないですか)
違う!
リオは叫ぶ。
レニは俺を見つけてくれた。
お前の中に閉じ込められていた俺を。
ずっと俺を探していたと、ずっと会いたかったと言ってくれた。
寵姫はリオの言葉など歯牙にかける風もなく、薄く笑った。
(レニさまが好きになったのは、私です。あのかたが愛して求めているのは、あなたが『造られた人形、偽りの抜け殻』と蔑む私ですよ)
寵姫は白い手を自分の胸に当てて、優越感に満ちた口調で呟く。
(私ならば、レニさまがお喜びになるようにお仕え出来ます。あなたが出来ないこともして差し上げることが出来る。私はそのために作られたのですから。私は、自分のすべてをレニさまに捧げることが出来ます。あなたは……)
ふと寵姫は口元を手で覆う。細められた瞳には、嫌悪が揺れている。
(レニさまにお仕えする時は役に立たないというのに、今は……)
寵姫の視線が自分の体の一部に注がれていることに気付いて、リオは叫ぶ。
違う!
これは俺じゃない。
お前だ。
男に仕え喜ばすためだけに作られた人形。
いまここで男の愛撫に反応しているのは、「リオ」じゃない。「寵姫」だ。
リオの瞳は陽光を反射する湖面のように、萌えるような緑色から感情の映らない虚ろな青色へと変わっていく。
司祭はその様を、驚きと感嘆の眼差しで見つめた。
わずかに示されていた抵抗の意思が消え去り、リオは司祭の欲望を受け入れて、与えられた快楽にむしろ相手を喜ばすように応える。
司祭は満足そうに笑った。
「そうだ、女でも男でもない人にあらざる者よ。私が与える罰を素直に受け入れよ。さすれば、罪深き存在として生まれたそなたの罪は洗い清められる。これは祝福だ」
(祝福……)
「穢れたそなたを生まれ変わらせるための、慈悲深き儀式だ」
(生まれ変わらせる……儀式?)
ああ、そうか。
リオは、次第に荒々しくなっていく男の動作を受け入れながら思う。
この作られた人形を差し出し、壊してもらえれば、その中に閉じ込められていた自分が「リオ」として出ていくことが出来る。
そうすれば人として、男として、レニのそばにいられる。
神が自分を生まれ変わらせてさえくれれば……。
熱い息を吐きながら、リオは体への攻めに応えるように白い裸身をよじらせる。
「そうだ、私の言うことに従うのだ」
人形のように従順に欲望を受け入れるリオの姿を見て、司祭は満足そうな笑いを浮かべる。
「私に従えば、そなたの罪も不浄な過去も浄められる。この儀式が終われば、そなたは私の従順な僕として生まれ変わるだろう」
欲情と愉悦がしたたる司祭の言葉に、リオは吐息と共に「はい」と答え、自分になされることを受け入れるために瞳を閉じた。
★次回
第231話「拉致」