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第224話 アストウの話

 外が明るくなり始めたころ、レニとリオは再び身繕いを始めていた。

 蒸気風呂から出たレニの体を拭き、着替えを手伝っていたリオは、ポツリと呟いた。


「レニさま」

「うん?」

「……済みません」

「え?」


 怪訝そうなレニと目を合わせられず、リオは目を逸らして小さな声で言った。


「その……うまく出来なくて……」

「え? う、うまく……? って?」


 リオはソッとレニの顔を盗み見る。いまいちよくわかっていないような戸惑いの表情が浮かんでいるのを見て、我知らずホッとする。

 レニは性的な知識が乏しく、性交渉で最終的に何が行われるかわかっていないようだ。

 このひと月のあいだのレニの反応は、自分に対する遠慮や気遣いを表すものではない。レニは夫であるイリアスとそういう関係になったことはない。両方の意味で、リオを安堵させた。

 だが同時に自分の体に対する悩みを、一人で抱えるしかなくなった。

 最初は単純に緊張のためか、レニを大切に思う気持ちの裏返しだろうと思っていた。

 しかし、ここ一ヶ月、何度試みても体が全く反応せず、行為を最後まですることが出来ない。自分の動きによって心地よさを感じているレニの姿に、愛情と同じくらい欲望を感じているのに、これまでずっとレニを抱くことを夢見てきたのに、一体なぜなのか。


 リオは女物の衣服を纏った、自らの体を見下ろし、表情を暗くする。

 村に行くときは男だとバレないために、女の格好をしなくてはならない。そのことに、これまで以上に気が重くなっている。

 レニといる時に、女として扱われることへの苦痛は耐えがたいほど高まっていた。美しく若い娘として振る舞わなければならず、人々の視線を受けなければならないのは拷問のようにすら感じられる。


 一体レニは、自分が他の人間からは女として扱われていること、これまで扱われてきたこと、されてきたこと、してきたことをどう思っているのだろう。

 心が通じ合った喜びが大きければ大きいほど、その疑問も大きくなっていく。


「リオ? どうしたの?」


 声をかけられて、リオはハッとする。

 レニの大きなハシバミ色の瞳が、怪訝そうに自分を見ている。

 リオは、表情を読み取られないように慌てて顔を背けた。


「何でもありません。レニさま、行きましょう」


 気を引き立てるように明るい声で言うと、レニもすぐに笑顔になった。「うん」と頷くと闊達な足取りで、入口のほうへ向かう。

 その後ろ姿を見ながら、リオはひそかに両手を握り合わせる。

 自分の悩みや不安を、レニにだけは知られたくなかった。


 過去のことは関係ない。自分は「リオ」として生まれ変わったのだ。

 これからは男として、レニを守るために生きていく。

 そう何度も言い聞かせる。

 だがそれでも、心の中の黒いもやが完全に晴れることはなかった。



2.


 その日はよく晴れて空気が澄んだ一日だった。風がほとんどなかったため、冬にしては寒さが厳しくない。

 ここひと月でレニは橇の扱いを習い覚えた。危なげなく走らせ海の凍結の様子を見たあと、半刻ほどで村までたどり着く。

 村の顔役である宿の主人の下へ行くと、そこには二人にとって久しぶりに見る顔があった。


「アストウ」


 食堂に座って酒を飲んでいたアストウは、名前を呼ばれて手を上げる。


「久しぶりだね、レニ、リオ」


 駆け寄ってきたレニとその後ろからやって来たリオに、アストウは交互に笑みを向ける。


「良かった。あんたたちに会ってから、ここを立とうと思っていたんだよ」

「北を離れるの?」


 躊躇いがちなレニの問いに、アストウは頷く。


「お役目御免になったからね。冬が終わったら、ここを離れてあちこち見て回ろうと思ってさ」


 アストウは屈託なく笑うと、レニの後ろに控えめにたたずむリオに目を向けた。

 リオはゆっくりと頭を下げた。


「アストウ、あなたにはお詫びのしようがありません。あなたは、私のせいで部族を追われることになった……」

「別にあんたのせいじゃないよ」

「ですが」


 言葉を重ねようとしたリオを、アストウは手振りで制止する。


「あんたに会わなくても、いつかはこうなっていた。あたしたちは、長い間、その結論を先送りにしていたんだよ」

「あなたと……?」

「あたしとランスさ」


 アストウは赤い髪をかきあげて、リオの顔を見た。 


「この前、ランスに会ったんだ」

★次回

第225話「広い世界へ」

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