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第222話 やっと会えた。

19.


 目を開いて最初に目に入ったのは、炎の影が映る木で出来た天井だった。


(どこだ……?)


 まだ不明瞭な意識の中で、リオは考える。

 先ほどまで、暗闇の中で一人で凍えていたような感覚があったのに、今は体がとても温かかった。

 リオは毛皮の中で身じろぎし、左手に目を向ける。

 腕の中にレニがいた。ひどく満ち足りた顔で自分の胸に頬をつけて瞳を閉じている。何も身につけていない体は柔らかく温かかった。

 リオは見慣れているはずの、幼さが残るその顔をジッと見つめる。

 リオが指先で赤みを帯びた白い頬に触れると、微かに身じろぎする。


「レニ……」


 リオの囁きに応えるかのように、閉じられた瞼が微かに震えた。

 腕の中でレニがゆっくりと目を覚ます様子を、リオは夢見るような眼差しで見つめ続ける。

 これが夢なら、目覚めずにずっとこの世界にいたい。

 レニと二人でいる時、いつもそう思っていた。


「リオ」


 目を開けたレニは、ハッとしてリオの顔を見る。


「体は? 大丈夫?」


 リオは自分に向かって伸ばされたレニの手を取り、ソッと自らの頬に当てた。温もりが、凍りついた心に流れこんでくるのを感じる。

 レニは顔を真っ赤にして、しどろもどろに呟いた。


「あ、あの……リオの体、す、凄く冷えていたから、あ、あ、あったかくしなきゃって思って……そ、その」


 リオは、レニの手が幻ではないことを確かめるように、強く握りしめる。

 自分が触れている白い頬が温かい何かで濡れていることに気付いて、レニは言葉を途切らせた。


「リオ?」


 リオは無言でレニの手を押しいだいて、額に当てる。瞳から涙がとめどなく溢れた。


「リオ……泣かないで」


 レニは隠れたリオの顔を覗きこむ。嗚咽するリオの頬を優しく撫で、流れる涙に唇をつける。

 リオは顔を上げて、レニを見つめた。


「レニさま、教えてください」


 その時、ずっと胸の中にあった、誰かに問いかけたかった「リオ」の思いが唇からあふれでた。


「もし、俺が女の格好をする奴隷ではなかったら、普通の男だったら、俺の願いはかなったのでしょうか」


 今まで誰も答えてくれなかったその問いを、リオは一番聞きたかった人に向かって祈るように囁いた。

 

「あなたのそばにいたい、あなたを守りたいという俺の願いは……かなえられたのでしょうか?」


 小刻みに震えるリオの細い肩を、レニは見つめる。

 惑うようにあたりに視線をさ迷わせたあと、レニは口を開いた。


「リオ、うまく言えないんだけど……」


 レニは暗闇の中を手探りで進むように、必死に言葉を探し紡ぐ。


「私は、リオを探しに来たんだ」


 レニの言葉に、リオはふと顔を上げる。

 自分の正確な気持ちを探すように懸命に言葉を続けるレニを、ジッと見つめる。

 レニは自分が探し求める言葉に目をこらすように、虚空を見ていた。


「リオがいなくなったから探しに来た、んだけど……そうじゃなくて……ううん、もちろんそれもあるんだけど、そういう意味じゃなくて、その……」


 レニはハシバミ色の瞳をまっすぐリオに向けて、もう一度、はっきり言った。


()()()探しに来たんだ」


 レニの言葉の響きに含まれる何かが、リオの胸を震わせた。

 それはレニに初めて「リオ」と呼ばれた時に与えられたものと、同じものだった。


「……()()?」


 リオは、自分の思いがレニに通じているのか畏れながら、狂おしい思いを込めて囁く。


「あなたは、()()探しにここにきたのですか? 他の誰でもなく?」


 リオの言葉に、レニはハッとする。まるで初めて見たかのように、リオの顔をマジマジと凝視した。

 触れたら壊れてしまうことを恐れるかのように、レニは恐々と指先を伸ばす。何かを確かめるように、リオの顔の輪郭をたどる。


 レニの脳裏に旅をしていた時のリオの姿が、浮かび上がる。

 記憶の中のリオは、完璧な所作と立ち居振舞いを身につけた、儚く幻想的な美しさを持った月の精霊のような姿をしていた。

 しかし、何度か美しい寵姫とは別の人間がそこにいると感じる瞬間があった。

 ユグ族の村で火の神を降ろす舞を奉納した時。学府で「あなたと一緒に世界が見たい」と言われた時。「自分のほうこそあなたを守りたいのだ」と言われた時。

「どんな生まれであっても、あなたはただのレニだ」と言われた時。

 あの時、自分を抱きしめてくれたのは、いま目の前にいる少年だった。

 自分と同じように、過酷な運命を強いられて生きてきた、ずっと会うことが出来なくて、ずっと会いたかった人だ。

 レニはその人の顔を見つめる。体の内部から溢れる思いが言葉となって、唇からこぼれ落ちた。


「あなたが……あなたがリオ、なの?」


 レニの呼び掛けに、リオは瞳を大きく見開いた。青い双眸に翠色の光が浮かび上がる。

 リオは一瞬、息が詰まったかのように言葉を飲み込んだ。その唇から、かすれた声が漏れ出る。


「はい……」


 リオはレニの顔を見つめながら頷く。


「はい、レニさま」


 その答えを聞いた瞬間、レニのハシバミ色の瞳から涙が溢れた。


「リオ」 


 レニはその名前を呼ぶ。ずっと共にいながら、いま初めて会うことが出来た人の名前を。

 レニはリオの細い体にすがりつく。その存在を確かめるように抱きしめ、白い胸に顔を埋めた。


「私、あなたを探しに来たの、ここまで。王都の……イリアス様の側にいるのは寵姫さまだから……リオを、リオを探さなきゃと思って……」


 レニは無我夢中で言葉を続ける。


「私、あなたのことをずっと探していた。ずっと、ずっと。リオは、私のことを待っている、どこかで私が来るのを待っているって、そう思っていたから……!」


 レニは顔を上げてリオの顔を見つめる。


「会いたかった……ずっとあなたに会いたかった!」


 何かを考える前に、何かを感じる前に、唇から勝手に言葉が溢れるのをリオは感じた。

 これまで言いたかった、言うことが出来なかった、ずっと言う時を待っていた言葉が。


「俺も待っていました。ここで……。あなたを……あなたが俺の下へ来てくれるのを、ずっと待っていた」


 リオは自分の腕の中で震える少女の体を、力の限り抱き締める。その髪に、額に、頬に、存在を確かめ愛しむように唇を当てる。


「いつもあなたを見ていた。ここから。会いたかった、レニ」


 自分の言葉に応えるように瞳を閉じた少女の唇に、リオは口づけする。

 リオは万感の思いを込めて囁いた。


「あなたに伝えたいことがたくさんある」


 レニは、リオの腕の中で何度も頷く。

 暖かな空気に包まれた二人きりの世界の中で、レニとリオはお互いの存在を確かめるように、いつまでも抱き合っていた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

良かったらブクマ、評価、感想などいただけると大変励みになります。


次章からは、二人の生活が始まります。

引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。


★次回

第十一章 新しい生活(新婚編)

「第223話 やっと触れられる」

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― 新着の感想 ―
[一言] 毎日、拝読させてもらってます。何度も感想を送ろうと思いながら、私ごときが烏滸がましいな~と勇気が出ませんでした。でも、やっと二人の思いが繋がった今回、嬉しくて×2、送信しました。応援してます…
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