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第221話 似た者同士

17.


 イズルは、しばらく走ると丸太で出来た簡素な小屋の前で橇を止めた。


「この辺りの集落の人間が使う、冬季の避難小屋だ」


 北方では冬はたびたび天気の急変に見舞われる。吹雪になれば、四、五日、外に出られないことも珍しくない。

 そのため、誰でも使える避難小屋をところどころ設けている。

 周りの集落が共同で管理し、余裕がある者が、次に使う人間のために保存食や薪、生活用品を用意しておく。この地で生き抜くために、代々受け継がれてきた風習だ。


「この小屋にいれば、万が一追手が来ても手が出せない。どの部族の縄張りにも属さない場所だからな」 


 イズルは荷台でレニに寄りかかるようにしてぐったりしているリオを抱えあげようとする。

 わずかに抵抗を感じて、怪訝そうにリオの手元に目を向ける。

 リオの手は、レニの服の裾をつかんでいて容易に離れそうになかった。

 イズルは、この若者にしては柔かい声音で言った。


「大丈夫だ。誰もお前たちを引き離したりはしない」

「リオ」


 レニがその手を安心させるように握りしめる。氷のように冷たくなっているリオの手が、わずかに温かくなったような気がした。

 イズルはレニに、小屋の扉を開けるように目顔で促す。

 小屋の中は外気を遮断するように、二重の壁で囲われ目張りもしてあった。奥に大きな暖炉が置かれ、横には薪が積んである。

 毛皮の敷物が何枚も重ねられている場所に、リオを丁寧に横たえると、イズルは暖炉の火をおこし始めた。


「部屋が暖まったら、すぐに衣服を脱がせて体を温めろ。貯蔵庫に火酒があるから、少し飲ませてやれ。無ければ、温めた湯でいい」


 イズルは手早く指示をすると、立ち上がった。


「俺たちは村まで行く。明日の朝、また様子を見に来る」

「うん、ありがとう」


 イズルが出ていくと、レニは言われた通り、貯蔵庫から酒と保存用に固められたスープ、体を拭くための布を持ってくる。

 暖炉の火によって、部屋が暑く感じるほどになると、横たわるリオの衣服をゆっくりと脱がし始めた。

 イルクードの女が着る長衣を脱がし、その下に着ている肌着に手をかける。

 レニは一瞬手を止めた。何かひどく脆く壊れやすいものに触れるような手つきで、恐る恐るリオの腕を動かし袖から抜き取る。

 月の光から生まれたような白い滑らかな肌が炎に照らされて浮かび上がり、レニは息を呑んだ。

 慌てて目をつぶって顔を背け、何とかそちらを見ないようにしながら、かけ布と毛皮を幾重にもかけた。

 体が毛皮の下に隠れると、ようやくホッとしてリオの側に座る。

 レニはしばし、その精巧に作られた人形のように整った顔を見つめた。リオの瞳は苦しげに閉じられ、時折長い睫毛が細かく震える。

 頬には血の気がなく、透き通るように青白い。

 室内は短衣姿でも熱いほどなのに、リオの体は一向に温まる気配がない。それどころか寒さを感じているように、色のない唇を震わせている。

 レニは冷えきったリオの手を握りしめる。


(死なせない。絶対に)


 レニは思いきって短衣を脱ぎ捨てる。胸や腰につけている下着も取ると、意識のないリオの横に体を滑り込ませた。

 芯まで凍えたリオの体に、自分の熱と生気を与えるようにピッタリと肌を合わせる。

 不思議と恥ずかしさも緊張もなかった。リオと体を寄り添わせていると、そこが自分が帰るべき場所なのだという安心感で心が満たされた。

 レニはリオを守るように、その工芸品のように美しい体を抱き締める。


(お願い、()()。どこにも行かないで)

(そばにいて)

(ずっと……)


 レニは瞳を閉じる。

 心に、旅のあいだずっと一緒にいたリオの笑顔が浮かんだ。



18.


 どこからかパチパチと火がはぜる音が聞こえる。明るく暖かい光にくるまれ、自分が外の世界からしっかりと守られていると感じられた。


 リオ……。


「リオ」という名が、自分という存在に形を与えてくれた。

 誰にも望まれず、「作られた人形」の内部で消滅するはずだった存在に。


「リオ」という名前を自分に与えてくれたのは、明るく元気で人と会うこと、騒ぐこと、食べること、冒険することが大好きな女の子だった。


 あなたと俺は、同じくびきにつながれた似た者同士だった。


 リオは遠くにいる、赤毛の少女を見ながら思う。


 俺があなたから「リオ」という名前を与えられたように、あなたも俺といる時だけ「レニ」でいられた。

 二人でなら生きられると思った。「レニとリオ」として。

 旅をしている間、ずっとそう思っていた。

 でも……そうでなかったのだろうか?

 あなたにとっては、俺はあなたを「レニでない者」にするものだったのだろうか?


 その疑問はリオがいる世界を、明けることのない暗闇に閉ざした。

 その暗闇の中で、リオは虚ろな心で思う。


 そうなのだとしたら。

リオ」がこの世界にいる意味は何もない。


 リオは、そのまま冷たい闇の中に沈みこもうとする。その時消えていく意識に手を差し伸べるように、自分に呼び掛ける声が聞こえてきた。


 リオ、お願い。

 行かないで。

 どこにも行かないで。

 あなたがいるから、私は「レニ」になれた。

 あなたを愛する気持ちが、私を「レニ」でいさせてくれた。

 あなたがいなくなれば、私の中の「レニ」もいなくなってしまう。


 リオ、「レニ」とずっと一緒にいて。


 呼ばれた瞬間、何かが溶けたように瞳から温かいものが流れる。

「リオ」は、ゆっくりと目を開いた。


★次回

第222話「やっと会えた。」

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