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第220話 都合のいい男でも。

16.


 イルクードの村で決闘が行われているころ、コウマとイズルは夜の海岸にいた。

 この場所で待ち始めてから、既に一刻以上が経つ。船にいる人間に見つかることを警戒して火を焚いていないため、毛皮の防寒具を纏っていてさえ体がひどく凍える。

 コウマが立ち止まることなく辺りを歩き回っているのは、体を温めるためだけではなかった。

 凍った海の先に見える黒い塊のような船から目を離さないコウマに、イズルは愛想のない声をかける。


「動き回ると、無駄に体力を使うぞ」

「わかっているけどよ」


 コウマは答えつつも、なおも海の向こうに見える、リオが囚われているはずの船を見続ける。

 リオを助けるために、レニがアストウの部下と共に潜入しているはずだ。アストウは村に戻り、なるべく船の警備を手薄にするための時間を稼いでいる。


 村に戻るのは危険ではないか。

 そう心配する三人に向かって、アストウは「あんたたちのためじゃない」と言って笑った。


「ランスとはどっちが長にふさわしいか、決着をつけなきゃならない。イルクードのためにも、あたしたち二人のためにもね」


 イズルはコウマの小柄な背中をしばらく見たあと、独り言のように言った。


「水の器の娘が好きだと、お前が言うとは思わなかった」


 しばらくの沈黙のあと、コウマは船のほうへ視線を向けたまま答える。


「俺も言うとは思わなかった」

「俺があの娘を妻にすると言ったとき、お前は何も言わなかった」


 イズルの言葉には、わずかだが責めるような響きがあった。コウマはそれを感じとり苦笑した。


「あの時はわかんなかったんだよ、リオに惚れているって」

「欲しいものが欲しいとわからない。そんなことがあるのか」

「俺は別にリオが欲しいわけじゃねえよ」


 コウマはイズルではなく、目に見えない遠くのものに視線を向けて言った。


「……ただ、好きなだけだ」


 コウマは海の向こうに見える船を見ながら考える。  

 いつからリオに、これほど惹かれるようになったのだろう。

 出会った時に、今まで会った誰よりも美しいと思い、強い印象を受けたのは確かだ。

 だが一緒に旅をするうちに、すぐに気付いた。リオはレニ以外の誰も目に入っていない……入れる余裕がないことに。

 リオがどれほどレニを求めているか、それを伝えることに逡巡しているか、そのくせ伝わらないことに怒りすら覚えているか。

 複雑に捻れ、時には本人ももて余しているリオの心が、コウマには不思議なほどよくわかった。薄い硝子の向こう側にあるその姿を眺めているかのように。


 人を惹きつけることに慣れている人間特有の勘の良さで、リオはコウマが自分に強く惹き付けられていること、「レニがいるから」と言い聞かせることで、その気持ちをかろうじて抑えていることに気付いていた。

 リオは望みを持たせるような言動をしたことは一度もない。

 だが「レニを忘れさせて欲しい」そう言った時のリオの瞳に宿る光を、コウマが忘れられないだろうことも知っていた。


(お前にとっちゃあ俺なんざ、腐るほどいる都合のいい男の一人なんだろうな)


 それでもいい。

 そう思っている自分がいる。

 レニを思いながら、その思いがレニを歪めることに怯えている。

 二つの気持ちの間で揺れ動き苦しむリオのそばにいる。それが出来れば、それ以上は何も望まない。


 リオ……。


 心の中に浮かぶリオの面影に呼びかけた瞬間、コウマはハッとする。

 暗い海面の上に、青い光が瞬いた。目をこらすと、その光を中心に黒い塊がゆっくりと動いているのがわかる。

 その塊は少しずつ夜の闇から切り出されるように、人を背負った小柄な人影になっていく。


「レニ……」


 次の瞬間、コウマは足元に置いていたカンテラを手に取り、闇夜の中で大きく振った。


「おおい! こっちだ! レニーっ!!」


 叫ぶだけでは我慢出来なくなり、コウマは灯りを持って青い光のほうへ駆け出す。

 光が黒い影全体を照らし出すところまで近寄った瞬間、思わず足を止めた。

 目の前の光景を見て、コウマは声を失った。


 レニは背中に意識のないリオを背負い、口に青白く輝く短刀をくわえていた。自分よりかなり背の高いリオを背負うために、ほとんどリオを下から持ち上げて支えているような体勢をしている。


「お前……」


 コウマは呆然として呟く。


「その恰好のまま、船から歩いてきたのか」


 物言いたげな視線を向けられて、慌ててレニの口から短刀を取る。

 口か自由になると、レニはすぐに言った。


「コウマ、橇は? すぐにリオを運ばないと。かなり冷えている」

「ああ……」


 言われてコウマは、慌てて松明を振っているイズルのほうを向く。

 レニは意識のないリオを背負ったまま、そちらへ向かって歩き出す。前を見据えるハシバミ色の瞳には、リオを救うという強い意思だけがあった。

 コウマはリオの体を支えながら、レニの横顔をジッと見つめた。

 橇に近付くとイズルが駆け寄ってきて、リオの体を抱えて乗せる。厚い毛皮をリオの体にかけると、レニもその中に入るように伝えた。

 

「村まで時間がかかる。お前も体を温めておけ」

「うん」


 イズルは馭者台に座ると手綱を握った。

 隣りに乗り込んできたコウマに、何か言いたげに視線を向ける。だがコウマが口元を覆い風避けのためにうつむいたのを見ると、思い直したように前を向き、カリブーたちに走るよう命じた。

★次回

第221話「似た者同士」

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