第215話 コウマの告白
常にない剣呑な光を瞳に浮かべて、コウマはレニの襟元を掴んで自分の顔の前に引き寄せる。この陽気な青年が、これほどは強い怒りを露にするのは初めてだった。
「何が『リオの幸せ』だ。そんなものがリオの幸せなわけがねえだろ!」
コウマは呆然としているレニの顔を睨みつける。
「黙って聞いてりゃあ、何だよ。リオがいなくなったのはお前のせいじゃねえか! お前がリオの手を放したから、あいつは帰ってこれなくなったんじゃねえか!」
語気荒く詰め寄られて、レニはうつむいた。
「リオには、元々、私じゃなくて……他にちゃんと守ってくれる人がいて……」
「ああ、ああ、そうかよ。そりゃあけっこうなこったな」
コウマは荒々しくレニの襟首を締め上げ、その顔を覗きこんだ。
「それでお前は、その誰だかよくわからん『リオのことを守ってくれる人』にリオを任せる気なのか。それでリオが幸せになれるって、お前、本気でそう言ってるのか!」
「コウマ……」
「リオの幸せのためだなんて、嘘八百だろ! 自分のためじゃねえか! お前がリオを守りきれないかもしれねえっていう下らねえ不安に負けた、そんでその誰だか知らねえ奴に、体よくリオを押しつけて逃げたいだけだろ。リオを守る責任が重い、逃げてえって言うなら、そんなものはてめえの好きにすればいい。でも、それを誤魔化すためにクソみてえな綺麗事を並べているんじゃねえ!」
レニが視線を落としそうになるのを許さないかのように、コウマはもう一度、襟を締める手に力を込める。
「お前の言っていることは全部言い訳だ。レニ、お前は最低なことをしているんだぞ。俺は、お前がそんな卑怯な腰抜け野郎だなんて思わなかった」
コウマは不意に突き飛ばすように、乱暴にレニの体を放す。寝台に手をついたレニの顔を睨みつけた。
「お前がそんな戯言を本気で思っているって言うなら、遠慮はしねえ」
「遠慮?」
問いかけるようなレニの呟きに、コウマは一瞬黙りこむ。沈黙の後、静かなはっきりした声で言った。
「俺はリオに惚れている」
マジマジと自分を見るレニの顔を、コウマは真っ直ぐ見返す。
「いま、わかった。俺はあいつのことが好きだ」
「お前、何を……」
「俺は本気だ」
驚いたように言いかけたイズルの声を封じるように、コウマは言う。レニの姿だけを捕らえているその瞳は、黒い炎が宿っているように見えた。
「お前にリオは任せられない」
コウマは立ち上がると、レニの正面に立った。
「あいつがお前のことを忘れないならそれでいい。一生お前のことを好きだって言うなら、それでも構わない。お前のことを好きで忘れられなくてもいいから、俺と一緒にいてくれってリオに頼む。リオが承知してくれたら、俺がリオをもらう」
コウマはレニの顔を射抜いたまま、普段からは想像がつかない静かな声で言った。
「レニ、いいな? 俺がリオにそう言っても」
何も言うことが出来ず、ただ自分の顔を見返しているレニを、コウマはしばらく眺めていた。
二人はしばらくジッと見つめあっていた。
コウマは先ほどまでの激情が嘘のような、落ち着いた声でもう一度繰り返す。
「いいんだな?」
コウマの黒い瞳が放つ強い光に気圧されたように、レニは視線をわずかに動かす。
その瞬間、コウマはレニから視線を外した。アストウとイズルに声をかける、
「急がねえとリオが危ねえ。すぐに助けに行こうぜ。算段は行きがてら考える」
促されてアストウとイズルは、夢から覚めたように頷き、慌てて動き出す。
二人が部屋から出て行ったあと、コウマは一瞬、レニのほうへ視線を向けた。しかしレニが、まったく自分のほうを見ようとしないことに気付くと、すぐに二人の後を追って、部屋から出ていった。
乱暴に扉が閉められた後も、レニは凍りついたようにその場を動けずにいた。
★次回
第216話「知って欲しかった」




