第212話 ユグ族の村で。
11.
エリュアから馬を飛ばし王都へ。王都で用意された船に乗りゲインゲートへ。そこから再び馬で北上する。
本来であれば急いでもふた月以上はかかる道のりを出来得る限り速く進む。
ひと月半後には、ユグ族の村へたどり着いていた。
※※※
「レニ、お前、どうしたんだよ。リオと一緒にいったん家に帰ったって公女さまが言っていたけど」
ユグの村には、学府から戻ってきたコウマが滞在していた。
コウマはレニがユグに来たことよりも、一人で来たことに驚いているようだった。
「リオは、どうしたんだ?」
コウマに問われて、レニは自分たちの身の上は伏せた上で、キオラとイズル、慈父も合わせた四人の前でリオがいなくなったことを説明する。
「イルクード? リオはイルクードと一緒にいるのか?」
レニはコウマのほうへ視線を向ける。
「知っているの?」
「ああ。北に行った時は必ず寄る」
コウマは続けた。
「今のイルクードは女をさらったりはしねえからな。リオも保護されて、そのまま村にいるんだろうけど」
コウマはレニの顔を訝しげに眺めた。
「何だってリオはイルクードのところに行ったんだ? お前ら、一緒に家に帰ったんだろ?」
「そ、それは……」
「もしかして、あれか? お貴族さまとの結婚話で、また揉めたのか?」
コウマの言葉に、イズルが反応する。
「貴族?」
「ああ。リオの奴、親に無理に結婚させられそうになったんだ。それでレニと一緒に家出したんだよ」
コウマの説明に、イズルは不平を表すように太い眉をしかめた。
「それなら、イルクードという奴らではなくユグにくればいい。なぜ友人である俺たちを頼らず、そんな見知らぬ部族のところへ行ったのだ」
「それは俺も聞きてえな」
コウマはイズルに同調し、敷物の上で身を固くしているレニのほうへ向き直る。
「お前、何だってこんなところにいるんだよ。家を出るにしたって、リオは真っ先にお前のところへ行くだろ」
「そ、それはその……」
困惑して言葉を紡げないレニを見て、コウマは呆れ顔で言った。
「お前ら、また喧嘩したのか? ったく、しょうがねえな。どうせまた、好きだの好きじゃないだの面倒くせえことやってんだろ? よく飽きねえな」
喧嘩じゃないよ、とモゴモゴと口の中で呟くレニのことなど気にも止めず、コウマは続ける。
「リオの奴も、思い込むと頑固だからな。まっ、お前が迎えに行って、四の五言わず悪かったって謝りゃあ戻ってくんだろ」
「う、うん」
「そうと決まれば準備しねえとな」
片膝をついて立ち上がるコウマを、レニは驚いて見上げる。
「コウマも行くの?」
「お前だけだと、顔を突き合わせたらまた喧嘩すんだろ? 久しぶりに西に行くのも悪くねえ。付き合ってやるよ」
「準備が終われば、今日中に立てる」
コウマに続いてイズルが立ち上がる。
「お前が行くのか?」
意外そうなコウマの言葉に、イズルは愛想のない声で答える。
「俺はユグで一番橇を速く走らせられる。吹雪が来るのもすぐにわかる」
「あ、ありがとう」
慌てて頭を下げたレニを見て、キオラは微笑んだ。
「礼を言うことはない、レニ。あなたとリオは私たちの友人だ。友人に助けを求められたら応えるのは、当たり前のことだ」
「『水の器』には借りがある。ユグは恩知らずではない。受けた恩は返す」
「とか何とか言って、ただ単にリオに会いたいだけじゃねえの?」
「それはお前だろう」
ニヤニヤと笑っていたコウマは、イズルに鋭い視線を向けられて一瞬、虚を突かれた表情になる。
笑みが消えた顔で、まともにイズルの武骨な顔を見つめ返す。
だがすぐにまた笑いを浮かべて、肩をすくめた。
「そりゃあまあ、美人に会えるのはいつだって大歓迎だ」
コウマは陽気な口調で言うと、相手の反応を待たずにレニのほうを向いた。
「レニ、すぐ行くぞ。リオは待っているだろうからな。……お前が来るのを」
「うん」
レニはコウマの言葉に頷く。
そうして三人はその日のうちに、ユグの橇に乗って、イルクードの地を目指して出発した。
★次回
第213話「あんたがレニか。」