第20話 二人で行こう
言ってからリオは、夢から覚めたかのようにハッとして顔を上げた。
レニがハシバミ色の瞳を丸くして自分を見ていることに気付いて、慌てて顔を伏せる。
「申し訳ございません、レニさま。らちもないことを申し上げました」
恥じ入るように俯いたリオの横顔を凝視したまま、レニは首を振った。
「び、びっくりしたあ」
レニは嬉しそうな笑いを、リオに向ける。
「何だか、リオ兄さまと話しているみたい。リオ兄さまも、今のリオみたいなことを言っていたよ」
「アイレリオ殿下が?」
「うん。神さまは、誰かが作ったんじゃないか、とかそんなこと」
明るく笑ってから、レニは慌てて両方の掌で自分の口を塞ぐ。
神の存在や神話に対する疑問や否定は、誰かに聞かれたら教会への不敬、侮辱として捕まりかねない。
辺りに誰もいないことを確認すると、レニはホッと胸を撫で下ろす。
それから再び、リオのほうへ好奇心で輝く目を向けた。
「意外だな、リオがこういう話に興味があるなんて」
「……興味?」
レニの言葉を、リオは驚いた声で繰り返す。
レニはニコニコしながら言った。
「うん。すごく興味がありそうだよね。リオ兄さまも、兄さまのところに来ていた学者の先生たちも、話をするとき、今のリオみたいな感じだったよ」
「興味……」
リオはその言葉の意味をうまく把握出来ないかのように、口の中で呟く。
「何かの分野に、自分の意思で興味を持っている」という事態に対する、戸惑いが伝わってきた。
レニはそんなリオの様子を、嬉しそうに見つめる。
身分のせいか、与えられた物事に対して常に従順で受け身の姿勢のリオが、自分から何かに興味を抱いている様子が、レニの心をひどく明るく浮き立たせた。
リオのその興味のために、何か出来ることはないだろうか。
レニは少し考えてから、不意に顔を輝かせた。
「そうだ!」
顔を上げたリオに向かって、レニは興奮した声で言った。
「リオ、学府に行こうよ!」
「学府? ですか……?」
リオは驚いたように問い返す。
遥か北の地、大陸の北端に古くからある学府は、知の集積地、権威としてすべての権力から独立した場所である。
この大陸の様々な地方、他の世界からもやって来る千人を超える優秀な学生が学問や研究に携わっており、学府を中心に街も発展している。
「学府なら、リオが興味あることも話したり調べたり出来るよ。学府の書庫は、ものすごく広くて、お城みたいな高さの壁がぜんぶ本棚になっているんだって」
「お城みたいな高さの本棚?」
リオは思わず呟く。
宝石のように美しい瞳は、普段よりも緑の彩が深くなり、翡翠のような輝きを放っている。
「見てみたい……」
リオは言った瞬間、自分の言葉に驚いたかのように顔を上げた。
レニはその姿をまぶしそうに見つめて、リオの手を取った。
「リオ、行こうよ。お城みたいな書庫を見に」
レニは何かを思いついたかのように、さらに顔を輝かせた。
「学府から東方世界へ行くルートもある。学府は国の支配を受けない中立地帯だから、そのルートならきっと東方世界にも行けるよ」
レニは楽しげに、握っているリオの手を引いた。
「リオ、北に行ってみようよ。きっと、まだ見たことがないものがたっくさんあるよ! 二人で見に行こう!」
★次回
第21話「手に入らないとわかるから」




