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第208話 どう見えようと。

 ランスは無言でリオの腕を取ると、船室の中へ共に入る。室内に入り扉を閉めると、ランスは口を開いた。


「冬はみんな気が立つ。どこにも行けず、船に閉じ込められている期間が長いからな。留守に回された連中は、アストウが頭でいる限り、自分たちは冷飯を食わされると思っている」


 ランスは女物の長衣の上から毛皮の外套を羽織ったリオの姿を眺める。質素で何の飾り気もない格好をしているが、いやだからこそ、その細身の肢体や儚げで幻想的な雰囲気、憂いを帯びた青い双眸が、目が冴えるほど際立って見える。

 ランスはその姿から、わずかに視線をそらして言った。


「お前のような奴は、連中には格好の憂さ晴らしになる。外に出る時は気を付けろ」

「済みません」


 小さく呟いたリオの肩を、ランスは我知らず掴む。

 リオは肩を微かに振るわせて顔を上げた。

 翠色の光を帯びた瞳を向けられて、ランスはまるで強烈な輝きを向けられたかのように反射的に顔を背けた。


「お前……本当に男なのか」


 ランスは自分自身の言葉に驚いたような顔をする。眉をひそめて、リオの肩から手を離す。


「お前のような男は見たことがない」


 ランスは、リオの姿をジロジロと眺めながら言った。


「なぜ、女の姿をしている」

「好きでしているわけではありません」


 強い声で言い返されて、ランスは夢から覚めたようにリオの顔を見る。

 静かな表情の底に怒りを漂わせているその姿は、先程までの儚げな美しい娘とはまるで違う人間に見えた。

 ランスはジグと対峙していた時と同じ眼差しで、リオの整った容貌を見る。


「ジグのような連中は、お前が誰かのモノにならない限りは自分のモノにしようとする。お前がもし本当に男なら、それが奴らにバレれば確実に殺される」


 ランスはリオの顔を見ながら言う。


「ここは都とは違う。ここにいるのであれば、お前は誰かの妻になり、女として生きていくしかない。お前がそれを好むか好まないかは関係がない。ここでは、弱い人間に何かを選ぶ権利はない。誰かに守られてすがって生きていくことしか出来ない場所だ」


 リオは唇を噛んで俯いた。

 それから圧し殺した声で言った。


「俺は……冬が終わったら、ここを出て行きます。あなたがたにこれ以上、迷惑はかけません」


 強い意思を秘めた横顔を、ランスはしばらく眺めていた。それから言った。


「相手が俺では不満なのか?」


 リオはランスの真意を測りかねるように、その感情の浮かばない顔を眺めた。それからその手を取り、ソッと毛皮の下の自分の胸の辺りに当てさせる。


「俺は男です。あなたの目にどう見えようと」


 あなたの妻にはなれません。

 そう言いかけたリオの体を、ランスは不意に引き寄せた。

 強い力で抱きしめられて、リオは男の胸の中で瞳を見開く。

 ランスは白いうなじに唇を当てる。思わず口から小さな声を漏らしたリオに向かって、ランスは囁いた。


「ジグが欲しがるのが分かる。お前は男を引き寄せるように出来ている。男を引き寄せ焦がれさせ狂わせるモノ。それを俺たちは『女』と呼ぶ。俺もお前が欲しい。俺の妻になれ、小僧。お前には、それしか生きる術はない」

「放せ!」

 

 自分を抑え込もうとする力にリオは全力で抗い、その体を突き飛ばした。

 力の差を考えれば、その抵抗を抑えつけることは簡単だったろうが、ランスは特に逆らう風もなくリオの体を離した。

 瞳を緑色の光で燃え立たせて怒りで体を震わせているリオを、ランスは先ほどまでの激情が嘘のような落ち着いた顔つきで眺める。


「だろうな。俺がお前の立場でも、誰かモノに強引にされるなどごめんだ。それくらいなら、冬の海に飛び込む」


 リオは怒りと緊張を解き、ランスの横顔を見つめる。

 何か言いたいと思ったが、自分の中にわいた感情を表す言葉を見つけることが出来なかった。

 ランスはリオの顔を見下ろしながら言った。


「小僧、すぐにここを出ろ」

「え……?」


 呆気に取られたように自分を見つめるリオに、ランスはゆっくりとした口調で言った。


「俺はお前が男であること、アストウがそれを知っていてお前を匿っていたことを言うつもりだ」


 リオは息を呑む。


「アストウを……裏切るのですか?」


 リオの言葉に、ランスはわずかに肩をすくめるような動作をした。


「俺はイルクードだ。それだけの話だ」


 アストウにはそれがわからなかった、とランスは独り言のように付け加える。リオに理解も納得も求めていない、淡々とした口調だった。

 ランスは通路に向かって足を向ける。


「お前が男だと分かれば、連中は必ずお前を殺す。俺にはそれを止めることは出来ない。生きたければ逃げ延びろ」


 ランスは窓の外に見える小雪がちらつくどんよりとした風景を見た。


「運が良ければ、近くの村まで行けるだろう」


 その言葉が気休めでしかないことは明白だった。ここで生まれ育った者ですら、この時季に一人で外に出れば命を落としかねない。

 いや、それ以前にこの船から下りられるだろうか?


 ランスが去り、一人になった室内でリオは考える。


 地上に下りるための橋桁は船首と船尾、中央の三ヶ所しかなけ、船内には常時多くの人間がいる。誰にも見つからず、船を下りることは不可能に近い。

 しかしランスが自分が男であることを話すとしたら、ここから逃げるしかないことは分かっていた。

 今の混乱した状況に紛れて何とか逃げなければならない。グズグズしていれば、ここに誰かがやって来るかもしれない。


 出て行くランスの背中を見ながら、リオは胸の前で掌を握りしめた。握りあわせた手が、震えるのは寒さのせいだけではなかった。

★次回

第209話「逃亡」

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