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第207話 女は女だ。

8.


 その数日後、アストウは魔物が出没したという報告を受け、見回りのために出かけて行った。

「雪嵐に遭わなければ、半月ほどで戻って来れるはずだ」そう言って出発したアストウを、リオは船の甲板から見送る。 


 アストウが出発してからも、リオは変わらず一日の大半を船内で過ごした。

 ランスはアストウほどはリオの日常に気を配りはしないため、自然と部屋の外に出て用事をこなす機会は多くなった。

 女性でも大柄でがっしりとした骨太な体格の人間が多いイルクードの中で、華奢で腰周りは男たちの太ももほどもなさそうなリオの姿は、顔を隠していても目立つ。

 特に男たちはあからさまな興味の視線を向け、からかいや誘いの声をかけられることも少なくなかった。

 なるべく気のない風に、かといって角を立てることもないように受け流すが、外に出るたびに神経がすり減るような心地がした。


 その日も人の行き来が少ない時間を見計らって食事と入浴のために通路に出た帰り路に、部屋の前に男たちが立ちふさがっていた。


「よう、お嬢ちゃん」


 骨が太く大柄な人間が多いイルクードの中でも、とりわけ目立つ赤褐色の髪を持った大男がリオに声をかける。

 アストウがいなくなるとすぐに、しつこく声をかけてくるようになった男のうちの一人だ。

 集団のリーダー格なのか、いつも仲間を四、五人引き連れている。


「食事の帰りか」


 リオは返事の代わりに軽く頭を下げ、男たちのあいだをすり抜けようとした。しかし男の脇を過ぎ去る寸前、二の腕を掴まれる。

 男の手は厚手の長衣に覆われたリオの腕を容易く鷲掴み、万力のように締め上げた。


「俺の家に来りゃあ、船の飯なんかよりもっといいものを食わせてやるよ」

「お放し下さい」

「そうつれなくするなよ。どうせ、おめえみたいなひ弱な娘っ子は、誰か男の世話になるしかねえだろ。俺は悪くねえ相手だと思うぜ」


 リオは男の手から何とか逃れようとするが、まるで皮膚に食い込んだ罠のように男の手はビクともしなかった。

 顔を背けて身をよじるリオの姿を、男たちは笑いながら見ている。

 赤毛の大男は、細い体を自分のほうへ引き寄せる。リオの抗いなど子供の抵抗ほども効いていないようだ。


「おめえみたいな別嬪が一人でウロチョロしているのは、目障りでしょうがねえんだよ。誰のモノでもねえっていうんなら、皆でやっちまうぞ」


 表面上は冗談を装っていたが、その声の奥底に劣情が滴っている。

 リオは恐怖で体を強張らせた。赤毛の大男だけでなく、取り囲んでいる男たち全員が欲望をみなぎらせていることが伝わってきた。

 リオは反射的に男たちの姿を見回す。青い瞳に怯えた光を浮かべ美しい顔を蒼白にさせた姿は、男たちの嗜虐心を強く煽った。


「……なあ、ジグ」


 男たちの一人がリオを捕らえている赤毛の大男に小さな声をかける。男たちの瞳は、ジグと呼ばれた男の腕の中にいるリオを食い入るように見つめていた。

 男たちの一人が、船室の扉にちらりと目をやる。

 リーダー格である赤毛の大男……ジグは、自分の腕の中で微かに震えているリオを見て、大きく相好を崩す。


「そうだな。せっかくだから、俺たちの面倒をまとめて見てもらうか」

「止め……っ、止めて下さい!」

「騒ぐなよ。仲良くしようって言っているだけじゃねえか」


 もがくリオを、ジグは片腕で軽々と抱える。もう片方の手で船室の扉を押し開きながら、仲間のほうを振り返った。


「おい、お前ら。誰か来ねえように見張っていろよ」


 ジグがそう言った瞬間、男たちの間ににわかに緊張が走った。

 ジグは足を止め、仲間の視線が集中するほうへ顔を向ける。


「ランス」


 ジグは通路の奥から姿を現した細身の男の姿を見て、半ば忌々しげな半ばバツが悪そうな顔になる。


「何をしている」


 気まずそうに道を開ける男たちには目もくれず、ランスはジグの前に真っ直ぐやってくる。

 特段感情の浮かばない視線でジグの顔を射抜いたまま、その腕からリオの体を引き離した。

 強い力で引き寄せられてリオはよろめき、ランスの腕に抱きとめられる。


「ジグ、この娘はアストウが保護している。どういうつもりだ」


 ふて腐れた顔つきをしていたジグは、にわかに皮肉で野卑な笑いで唇を歪めた。


「女は女を自分のモノには出来ねえよ。その娘は、今は誰のモノでもねえ。どうしようが自由だろ」


 ジグの言う通りだ、と男たちのあいだから声が上がる。

 ランスはその声には一顧だにしなかった。ジグの顔を捕らえたまま、口を開く。


「アストウは女じゃない。イルクードの長だ」

「女は女だ」


 ジグはランスの言葉を遮るように言った。


「俺はおめえとは違う。とさかのついてねえやかましいメン鳥のケツについて回るのはゴメンだ」


 ランスの瞳がスッと細まる。

 機械的な動作でリオを自分の背後に押しやると、ジグのほうへ一歩足を踏み出す。

 お互いの胸が触れあいそうな距離で、二人は視線を合わせる。

 張り詰めた緊張が辺りを覆い、男たちは口を出すことはおろか動くことすら出来ず、息を詰めて睨み合う二人を見守る。

 無表情のまま、ランスは腰に差した短剣に手をかけようとした。

 その動作を遮るようにジグが言った。


「ランス、おめえだってそう思っているんじゃねえのか。このままでいいのか、ってな」


 ランスの手が止まったのを見て、ジグは畳み掛ける。


「女が頭なんてのは、周りの奴らにもクソッタレな役人どもにも舐められる。俺たちは欲しいものは狩る奪う、女を守って養ってガキを産ませる。そうやってこの場所で生きてきた。それを、なぜ変える必要がある?」


 再び男たちの間から、同意の声が上がる。

 しかしランスが発する雰囲気に圧されるように、声は消えていった。

 ジグはランスの顔を見て、それまでとは違う口調で言った。


「俺は、おめえの下になら付いてもいいと思っているんだぜ?」

「ランスさん」


 何も反応を示さないランスの横顔に、リオはたまらず声をかける。

 ランスはリオの声など耳に入っていないように見えた。相変わらずジグの顔だけを見たまま、口を開いた。


「アストウが戻ったら、俺はこの娘を妻にするつもりだ」


 ジグの茶色の瞳に、不審と微かな怒りが瞬く。


「そいつは、初耳だなあ?」


 ジグはランスの顔と、その背後で顔を背けているリオの姿を交互に眺める。

 それから今にも唾を吐きそうな顔で言った。


「そんならサッサとおかに降ろせ。誰のモノでもねえ、何の役にも立たねえ女にウロチョロされるのは目障りでしょうがねえ。長の祝福の前なら、ちょいと可愛がられたって文句は言えねえだろ」


 ランスは無言で、通路の奥へ顎をしゃくる。

 ジグは忌々しげに舌打ちをすると、荒々しくそちらへ向かって歩き出した。仲間たちは慌ててそのあとを追う。


「助かりました」


 男たちの姿が完全に消えたのを確認すると、リオは口の中で呟いた。


★次回

第208話「どう見えようと」

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